0話裏:ほの暗き目覚めの時

詳しく考えようにも血を流し過ぎて、思考がまとまらなくなってきている嵯苑さおんは息苦しさに口を開け空気を吸おうとした。
その瞬間、白季しらきは彼の口の中に自身の血を垂らす。
口の中に広がる鉄の味に、表情を歪めた嵯苑さおん白季しらきは申し訳なさげに言う。

「ごめんね…これで君の中の、僕ら一族の血が濃くなるから。あとは僕らに任せて、ゆっくりおやすみ…」
「こ、これを…私がつ、くった資料が…あれを、診察室の…隠し、に…」

震える手でスラックスのポケットから鍵をだした嵯苑さおんの言葉に、白季しらきは頷いて受け取った。
言葉は途切れ途切れだったが、何処に何があるのか理解できている様子の彼に嵯苑さおんは安心したように頷き返して瞼を閉じる。
そして大きく息を吐いて、そのまま動かなくなった。

「…急がないと、だ」

立ち上がった白季しらきは自分の服の裾を掴んでいる被験者を連れて、嵯苑さおん隠したもの・・・・・を探しに一階の診察室へ向かう。
鍵には『第一診察室』と書かれているので、いくつかある診察室をすべて探さなくて済む…まぁ、最も嵯苑さおんが診察する時は『第一診察室』を使っているという話を珠雨しゅうから聞いていたのだが。

一階に降りると、多数の死者が床に倒れていた…多分、暴れまわっている人々を夕馬ゆうま理矩りくがどうにかしてくれたのだろう。
そう考えた白季しらきは『第一診察室』の、診察台の裏に隠されたファイルを見つけた。

珠雨しゅう嵯苑さおんのお願いだからね、絶対に守らないと――」

死の間際の珠雨しゅうが小さな声で言っていたのだ、嵯苑さおんから研究資料を受け取って隠すようにと。


――嵯苑さおんさんの、努力の結晶のようなものですから…兄さんには秘密で、時期がきたら塑亜そあさんに渡してください。


白季しらき珠雨しゅうの兄ふたりが少し苦手なので、さっさと塑亜そあに任せてしまいたい…そんな気分で、診察室を出た。
火の回りが早いし、嵯苑さおんの死もあって完全に崩壊する事は免れない――脱出するなら急がないといけない。

おそらく、正面はめい国軍に抑えられているだろうから、別のところから脱出しなければならないだろう。
煙が充満している中、白季しらきは被験者を連れて別の非常口へと急ぐ。
先に脱出をしているだろう夕馬ゆうまと合流する為に……




この日、ひとつの街が旧暦時代の遺産と共に滅んだ――襲撃した多くの、自国の軍人達や無辜の民達を巻き込んで。


そのきっかけとなったのは、ひとりの父親とその親族達の…未来ある子供らを救いたいという、純粋な願いだった事を〈神の血族古代種〉以外は知る者がいない。


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