0話裏:ほの暗き目覚めの時

結局何も気づけなかった彼らは、我が子の生死を確認して舌打ちと共に上の階へ向かってしまった――が、この医院の院長であり玖苑くおんの〈咎人〉の長でもある嵯苑さおんはおかしそうに笑う。
時期に、この医院は地下にある研究所もろともなくなってしまうのだから襲撃者の無知を笑っていたのだ。

血で染まった手で、床に投げ捨てられた我が子を自分の傍に寄せて抱きしめた。
もう、これで我が子を利用される事はない。

「は、はは…これで無知な襲撃者を、道連れにはできる…ないものを、最期の時まで…探せばっ、いい」

彼らが使用したエレベーターと非常階段の方を見つめながら、言葉の途中で何度も咳いて血を吐いた。
これで生きていられる事が奇跡に思え、彼はさらにおかしそうに笑う――もう、痛みは感じないので最期の時が近いのだろう。
兵器化していた息子達を、彼らに奪われなかったのはよかったかもしれない……

時間の感覚はなくなっているので、今が何時なのかわからない…あぁ、そういえば先輩と会う約束をしていたなとため息をつく。

その時、非常階段の方からふたり分の足音が聞こえてきて嵯苑さおんは視線を向ける。
現れたのは白金色の髪の青年、確か白季しらきという珠雨しゅうの助手だったか――その彼が、生き残っている被験者のひとりを連れていた。

「…大丈夫、という感じじゃないね。とりあえず時間もないし、珠雨しゅうの遺言を伝えるよ…すみません、嵯苑さおんさんと話をするという約束は守れそうにありません」

白季しらきの言葉に、嵯苑さおんは思わず苦笑する…気にしなくていいのにあの人は、と。

「ごほっ…遺言は、私にでなく…っ、他に言う事…あるだろうに…」
珠雨しゅうとしては、君達に負い目があったんだろうから…まぁ、それは向こうで本人に訊けばいいよ・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ど…い、意味だ?」

気がつけば周囲が白く煙っているようだ…視線だけで探ってみると、一般病棟の方から流れてきているようだ。
すべてが炎に飲み込まれ、最後には何も残らない…そこに自分が死ぬ事で、ここが崩壊すれば機密はすべて闇に葬られ問題なくなる。

それよりも気になる事を白季しらきは言っているな、と嵯苑さおんはぼんやりと視線を戻した。
視線に込められた疑問を読み取った白季しらき嵯苑さおんの傍にしゃがみこんで、彼の赤い髪に触れる。

「君、人間ひとというより僕らに近い…つまり〈狭間の者〉に限りなく近いんだ。おそらく先祖返りなんだろうね、僕の叔母にあたる人の血が強くでてる」

白季しらきの話に、そういえば親族全員が茶系や灰色系の髪色をしていたなと嵯苑さおんは思った。
それが一体何だというのか、と首をかしげていると白季しらきは自分の指先を噛んで深く傷を作る。

「だから君は、人間ひとの魂の流れに戻れない。世界を支える存在になる、と考えればいいよ」

世界を支える存在…?
それが向こうで珠雨しゅうに会えばいいという話に、どう繋がるのかわからない事だらけだ。

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