0話裏:ほの暗き目覚めの時

足早に三階へ向かうと、むせ返すような血の匂いがした。
おそらく、何かがきっかけで殺し合いがあったようだ…しかし、今は静寂に包まれているので無気力状態なのだろう。
正直、無気力状態なのは助かると考えた嵯苑さおんは片っ端から患者と事切れいている看護師達に注射して回った。
時に抵抗を受ける事もあり、全員に投与できた頃には明け方近くになっていた…用意した注射器も、すべて使い切ったわけである。

二階の方は先に投与してあったので、とりあえずは大丈夫だろう。

乱れていた息を整えた嵯苑さおんは洗面台で顔を洗うと、息子の待つ二階へ戻った。
息子をいつまでも、冷たい廊下で待たせるわけにはいかないと彼は急いだ。

息子を抱き上げて、別の部屋で休ませようと歩みを進めようとした時――突然、開くはずのない封鎖扉が開いた。
何が起こったのか理解できずにいる嵯苑さおんは、一体誰が解除したのか確認しようと振り返る。
そもそも一族の者の、虹彩認証がされなければ解除されないというのに。

その理由わけはすぐにわかった、封鎖扉の向こうにいる武装した軍人達の姿と半死半生であろう一族の青年の姿を見れば嫌でも理解できる。
おそらく一般病棟にいた彼を、無理矢理引きずって連れてきたのだろう……

無理矢理連れてこられた青年をこちら側に向けて放り投げた軍人は、青年が床に倒れると同時に銃で頭を撃ち抜いた。
もう用済み、という事なのだろう。
そうまでして、封鎖を解きたい理由わけはわかっている――絶対に【戦闘人形】を狙ってだ。

何故、自国の一隊がこの医院を襲っているのか理解できなかった嵯苑さおんは動けない。
そもそも、どうして不完全な【戦闘人形】を今になって欲する?

この一隊を率いているらしき女が、こちらに手を伸ばして言う――お前の持つ子供それを、我々に渡せ…さもなくばそこに転がっている男と同じ運命を辿る事になる、と。

ああ、彼らの目にはこの子が生きているように…いや、そもそも生きていたとしても連中に渡すわけがない。
それに、どうあがいても始末する気でいるはずだ。

嵯苑さおんの様子に、要求に従う気がないと考えた女隊長は隣に立つ部下に顎で合図する。
その瞬間、嵯苑さおんの足元に小さな穴ができた…どうやら、本気のようだ。
本気で殺すつもりなのはわかったが、嵯苑さおんがここの院長である事に気づいているのかわからない。
まぁ、今となっては些細なことかもしれないが……

「さぁ、早く!」

女隊長は苛立っているのか、口調が強い――どことなく綺乃あやのを思い起こすが、よく見ると似ているような気もするので血縁者かもしれない。
試しに、綺乃あやのの名をだすと「それがなんだ?」と返ってきた。
否定をしないという事はそういう事なのだろう、ここの構造もあらかじめ調べられていたという事だ。

珠雨しゅう先輩が気にしていたのは、こういう事か…」

思わず苦笑してしまう…一族の同意があったとはいえ、危険な研究にも手をだした。
それだけ、こちらは追い詰められていたわけなので見苦しく言い訳はしない。
覚悟はできている、と我が子の冷たくなった身体を抱きしめる。

一般病棟の方から聞こえる流れるような銃撃音を耳にしながら、嵯苑さおんは彼らの要求を強く拒否した。
その瞬間、一発の銃声が静かだった廊下に響き渡る……


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