0話裏:ほの暗き目覚めの時

エレベーターで三階へ降りると、至る所に【戦闘人形】化しつつある患者が座り込んでいたり横たわっていたりしていた。
いつもはこのような状態になっていないのだが、撒かれてしまった『薬』の影響下にあるのだろう…ここまで悪影響がでるから、珠雨しゅうが特効薬をくれたわけか。
何事もバランスが大事である、という事だ。

見たところ、全員自らの意志で動く様子はなさそうである。
ところどころ一族の看護師や医師が血だまりで事切れているようだが、もしかすると無気力状態にある彼らがやったのだろう…という事は、急に暴れだす可能性もゼロではない。
今ある注射器だけでは対応できないし、一般病棟の方へ向かわれると困る。

嵯苑さおんは大急ぎで、連絡通路の封鎖をした――これでもう、こちら側・・・・から開く事はできない。
この操作は下の階のものと連動しているので、わざわざ下へ封鎖作業をしに向かう必要がないのだ。

ふと、封鎖パネルを操作しようとしたらしい若い看護師の青年へ目を向ける。
彼はうつ伏せに倒れており、背中には細いパイプのようなものが貫くように刺さっていた。
一体何処のパイプかと手で触れて気づく、洗面所かトイレにある配管と同じものである事を。
彼の傍には患者はいない、という事はつまり誰かが投げたのだろう。

看護師の青年の見開かれた瞳を閉ざしてやると、各病室を確認して回る。
しかし、生存者と息子の姿は何処にもなかった…思わず、途方に暮れそうになった嵯苑さおんは自分の頬を叩く。

息子の友人達は各自の部屋で、本当の人形になってしまったかのように瞬きもせずにベッドに座っているだけだった。
体調を崩した子以外は、部屋で大人しくしていたのだが…もしかすると、息子はそちらの部屋に向かったのかもしれない。
すでに末期へと進行してしまった子供は、二階にある『看取りの部屋』と呼ばれる常に鍵のかかっている部屋に隔離しているのだ。

――そういえば、珠雨しゅうはどうやってその鍵を開けたのだろう?

「…まぁ、あの人は長生きしている分開け方を知っていたんだろう。でなければ、鍵の管理が杜撰だった事になる」

そう考える事にして心の平穏を保とうとした嵯苑さおんは、おそらく正しい選択をしたのだろう。
実際は、珠雨しゅうが鍵の在りかを知っていたのだ…随分昔に兄から聞いたから。

エレベーターで二階へ向かう、とそこは静寂に包まれていた。
普段からあまり人気のない、関係者しか出入りがないエリアだ。

こちらも封鎖されているので、誰かが新たに訪れる事はない。

息子の友人の部屋は二階の五号室になるのだが、エレベーターホールにいてもわかる…目的の部屋の扉が破壊されている事に。
という事は、息子はここにいる可能性が高い。
だがしかし、どうして五号室の扉だけが……

「一体何が…?」

扉が半分外れかかっており、室内側に寄りかかるようにして開いていた。
室内の様子をうかがうと、茶髪の子供ふたりの姿があるだけ――ひとりは呆然とした様子で自分の手を見ており、もうひとりは床に倒れている。
立ったままの子が、我が子である事に気づいた嵯苑さおんは息子の名を呼びかけた。
しかし、彼は何の反応もしなかった…まるで、本当に聞こえていないようだ。

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