0話裏:ほの暗き目覚めの時

珠雨しゅうの白衣に、顔を埋めたままの嵯苑さおんは小さく頷いて答える。
だから被験者ふたりは生き残ったのか、と納得した珠雨しゅう嵯苑さおんの頭をもう一度撫でた。

「凄いですね、あのレポートを読んだだけで『あれ』を再現できたのは。それで私達の用意した特効薬も相互作用して、結果的に良い効果をもたらしたのでしょう」
「…先輩、どこまで前向き思考ポジティブなんですか?それよりも、いつまで頭を撫でる気ですか?」

涙の痕が残る顔を上げた嵯苑さおんの言葉に、珠雨しゅうは苦笑すると彼の目元をハンカチで拭う。

「沢山頑張った後輩を褒めてあげようかと…あと、貴方が弟のように思えましたからつい撫でました。それよりも、ご子息の解放は他でもない父親である貴方がしなければならない」
「…わかっています、あの子には長い間辛い思いをさせましたから。珠雨しゅう先輩、これがひと段落したら私の話を聞いて欲しいです…これまでの事、全部を」

立ち上がった嵯苑さおんの願いに、珠雨しゅうは微笑みながら頷いた。

「いいですよ。また昔のように、飲み物に盛ってあげましょうか?そして、貴方の家族の話を聞かせてください」
「…盛らなくて大丈夫です。逆に、もう聞きたくないと言わせてやりますから…で、先輩の話を聞かせてくださいよ」

自分の事を気にしていたという珠雨しゅうの兄についてを、と嵯苑さおんは付け加えて言う。
確かに何故兄が噂話をしてきたのかわからないだろうな、と考えた珠雨しゅうは快諾した。

「もちろん、貴方の気が済むまで。その前に、塑亜そあさんの説教を一緒に受けてもらいますがね…嵯苑さおんさん、しばらくの間この件は何も知らなかったように振る舞ってください」
「それは…どうして、ですか?」

珠雨しゅうの言葉に、嵯苑さおんは首をかしげる――それと説教がどう関係するのか、わからなかったのだ。
声をひそめた珠雨しゅうが珍しく周囲を警戒しつつ答える。

「貴方が見た医師もどきの仲間が、どうやら潜り込んでいるようです…だから、お互い今は何も知らなかった。そして…ご子息は病状が悪化したという事にします。子供達に何の咎がいかないように…」

完全に御咎めなしにはできないかもしれないが、下手に巻き込まれないようにする為の配慮なのだと言葉を続けた。

「わかりました、珠雨しゅう先輩。すべてが終わったら、院長室私の部屋に来てください」

そう言った嵯苑さおんは、足早に自分の息子の元へ向かった。
彼の後ろ姿を見送った珠雨しゅうは、ゆっくりと天井を見上げると誰に言うでもなく祈りを捧げる。

「…この咎を負うべきは、私なのかもしれない。願わくば、その怒りを鎮め彼らを赦し給え――」


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