0話裏:ほの暗き目覚めの時
しばらくして落ち着いてきたところで珠雨 は、嵯苑 の頬を両手で包み顔を上げさせる。
「嵯苑 さん、もう一度言いますよ?走水 博士に、今夜亡くなる予定の患者のカルテを渡してください。そして、明日の夜にこれ を対象の患者に投与してほしいのです」
頬から手を離した珠雨 は、自分が着ている白衣のポケットから小さな薬瓶を嵯苑 に握らせた。
一体何の薬が入っているのか、訝しげに見ている嵯苑 に珠雨 は説明を続ける。
「これは言うなれば、特効薬の試作品です。あの『薬』の効果を一時的に抑えるものですが、おそらく【戦闘人形】化も一時的に止められるようです。ちなみに先日、嵯苑 さんが殺める予定の患者に投与してみたら自我が戻りましてね」
「…あれ、先輩がやったんですか。苦しませぬよう薬を投与しようとしたら、自我がなく喋れないはずの患者に声をかけられて驚きました…しかも話は先に来た医師から聞いている、これで誰かに迷惑をかけずに済む。ありがとう、と言われましたよ」
先日の真夜中、とある病室であった出来事を思い出す――その部屋で40代後半の女性がひとりで過ごしていたのは、何が起こるかわからなく危険だから。
末期となった彼女は何度も意識がないまま部屋を抜け出し、何も知らない警備の者や夜勤中の医師や看護師を襲う事案が発生していた。
ベッドに縛りつけても抜け出してしまうので、一族の医師を集めて話し合い決めたのだ――人間である内に死なせてあげる為に、自分達が手を下す事を。
仕方がなかったのだ、このままでは外部から来た 医師や看護師達に感づかれる可能性もあるのだから……
まさか彼女が正気に戻るとは思っていなかったので、立会人を引き受けてくれた叔父と一緒に声を出して驚いてしまった。
珠雨 が何かしていたとはまったく気づかなかったので、最期に奇跡が起こったのかと思っていたのに…だが、彼女の最期はとても穏やかなものだったので珠雨 のおかげとも言えるだろう。
これまでは無表情な患者が、まるで機械が機能停止していくかのように亡くなっていたのだ。
自分の妻もそのような最期を迎えたので、毎回とても辛い思いをしていたのである。
…はじめて先輩に感謝をしたかもしれない、と嵯苑 は思った。
渡された薬瓶を自分の白衣のポケットにしまった嵯苑 は、これで少しでも患者の心を守れるのなら…と頷いて答えた。
「…わかりました。この件は一族で共有しておきます。あぁ、もちろん珠雨 先輩が秘密を知っている事は言いませんから安心してください…だから、先輩も他言無用でお願いしますよ」
「もちろん、わかっていますよ。私とて、貴方達を敵に回そうと思っていませんから…」
にっこりと微笑む珠雨 に少しだけ心配になった嵯苑 は無言で視線を向けるが、肝心の相手は肩をすくめて笑うだけだ。
…まぁ、これに関しては信頼できるだろうからこれ以上言わずとも大丈夫だろうと判断して嵯苑 は鍵を開けて部屋から出ていった。
残された珠雨 は嵯苑 の姿が見えなくなってすぐに笑みを消し、ため息をひとつついて辛そうに呟く。
「…気づいてますよ、嵯苑 さんが抱えている悲しみと苦しみを。貴方達一族に管理システム組み込んだのは私達でもあるのですから――だけど、兄さんが抜け道を作ってくれていたので助かりましたね」
でなければ嵯苑 の、心の叫びが機密に触れていたので管理システムによって生命を落としていただろう。
ずっと溜め込んでいた思いを吐き出せて、優しい嵯苑 の心が少しは軽くなっていればいいのだが……
珠雨 はもう一度大きくため息をつくと、白季 や倉世 達と合流しようと部屋を出た。
***
「
頬から手を離した
一体何の薬が入っているのか、訝しげに見ている
「これは言うなれば、特効薬の試作品です。あの『薬』の効果を一時的に抑えるものですが、おそらく【戦闘人形】化も一時的に止められるようです。ちなみに先日、
「…あれ、先輩がやったんですか。苦しませぬよう薬を投与しようとしたら、自我がなく喋れないはずの患者に声をかけられて驚きました…しかも話は先に来た医師から聞いている、これで誰かに迷惑をかけずに済む。ありがとう、と言われましたよ」
先日の真夜中、とある病室であった出来事を思い出す――その部屋で40代後半の女性がひとりで過ごしていたのは、何が起こるかわからなく危険だから。
末期となった彼女は何度も意識がないまま部屋を抜け出し、何も知らない警備の者や夜勤中の医師や看護師を襲う事案が発生していた。
ベッドに縛りつけても抜け出してしまうので、一族の医師を集めて話し合い決めたのだ――人間である内に死なせてあげる為に、自分達が手を下す事を。
仕方がなかったのだ、このままでは
まさか彼女が正気に戻るとは思っていなかったので、立会人を引き受けてくれた叔父と一緒に声を出して驚いてしまった。
これまでは無表情な患者が、まるで機械が機能停止していくかのように亡くなっていたのだ。
自分の妻もそのような最期を迎えたので、毎回とても辛い思いをしていたのである。
…はじめて先輩に感謝をしたかもしれない、と
渡された薬瓶を自分の白衣のポケットにしまった
「…わかりました。この件は一族で共有しておきます。あぁ、もちろん
「もちろん、わかっていますよ。私とて、貴方達を敵に回そうと思っていませんから…」
にっこりと微笑む
…まぁ、これに関しては信頼できるだろうからこれ以上言わずとも大丈夫だろうと判断して
残された
「…気づいてますよ、
でなければ
ずっと溜め込んでいた思いを吐き出せて、優しい
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