0話裏:ほの暗き目覚めの時

呆れながら珠雨しゅうの方を見た嵯苑さおんは、ある事に気づいて首をかしげた。
そういえば、彼が来た時あまり気にしていなかったが何時いつから白い手袋をつけているのだろうか?
十数年前に会った時は、白い手袋なぞしていなかったはず…自分の記憶が間違っていなければ、だが。

話題をそらす形になってしまうが、これ以上珠雨しゅうが繊細であるような誤解を前提に話すのは嫌だった。
だから、彼に話を振るように訊ねてみる。

「それはそうと…仕事らしい仕事は今日なかったですが、もう就業時間はとうに過ぎてますし手袋を取らないんですか?」
「ん、あぁ。これですか?やはり仕事柄、手が荒れやすいですから夜のお手入れというやつです」

細い目をさらに細めて笑う珠雨しゅうに、嵯苑さおんは真顔になった――だったら、そのまま寝た方がいいと当たり前な事を思う。
話題をそらそうとして、結果的に戻ってしまった事に気づいて嵯苑さおんは頭を抱えた。

「あー…本当、先輩といると自分のペースが乱される。貴方は昔から変わらない…」
「そこが取り柄だと自分は思ってるんですが…駄目ですかねぇ」
「駄目と言いますか、少しは成長してほしいところですね!」

何時いつまで学生気分でいるんだ、という嵯苑さおんの言葉に珠雨しゅうは楽しそうに笑っている。
そして、学生時代にあったあれやこれ――嵯苑さおんにとって忘れてしまいたい出来事を明け方まで語らう羽目になった。
乗せられるまま何故か足の速さを競ったり、読んだ本の量をくらべたり…と記憶を掘り起こされて遠い目をした彼は現実逃避する。


ただ息子達を救いたくて、怪しいとわかっている研究レポートを持ってきた走水達に協力する事を決めた。

そのレポートを書いたという当時学生だった倉世くらせを呼ぶつもりであると彼らから聞いた時、嵯苑さおんは知人の話を思い出していた――倉世くらせの師が誰であるかを。
その知人は学舎で教鞭をとっているのだが、珠雨しゅうがひとりの生徒を紫鴉しあ博士の研究室に案内したらしいと教えてくれたのだ。

なので嵯苑さおんは彼らに言ったのだ、倉世を呼ぶなら師である珠雨しゅうも呼ぶべきだと。
走水そうすい達も紫鴉しあ博士のところの人間を引き入れたかったのか、すんなりとこちらの要望を聞いてくれた。
嵯苑さおんとしては失敗したくなかったので、実力と博識な珠雨しゅうの協力が欲しかっただけである。

それがまさか眠っている息子の顔を見る日課を過ごせない状況となってしまうとは、嵯苑さおんはまったく思っていなかった。


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