0話裏:ほの暗き目覚めの時

向かい合わせに、ソファーに腰掛けた珠雨しゅう嵯苑さおんはしばらく何も喋らずお茶を静かに飲んでいた。
時計の針の音だけが、静かな室内に響いているだけだ。

何かを思い出した様子の珠雨しゅうが、おもむろに口を開いた。

「そういえば…この街の郊外に、とても高貴な方が療養していると小耳にしましてね」
「ああ、確かにそのような話がありますね。まったく…夢明むめい医院から来た何人もの医師が、腹立たしい事にここから色々と持っていきましたから」

肩をすくめた嵯苑さおんは、わざとらしくため息をつく。
どうやら夢明むめいから派遣された医師団が、玖苑くおん医院から医療品などを運びだしたらしい…使用目的も、ほとんど説明はなかったようだ。

「黙秘権を行使されると、こちらとしてはお手上げ状態ですよ。しかし、先日あった報道を合わせて考えれば誰だって答えに辿り着く…それを先輩は聞いたのでしょう?」
「まぁ、そうですね。突然の事でしたから、この街の者ならば戻ってきているとわかりますしね。やはり、間違いなさそうですか?」
珠雨しゅう先輩…我が国の王家のスキャンダル、好きなんですか?」

そういうのが好きであったとは…と、意外な一面を見た気分になった嵯苑さおん珠雨しゅうに訊ねた。
自分の医院内にも、そういったスキャンダル話が好きな者はいたので情報として答えられるが。

珠雨しゅうは肩をすくめて、くすりと笑う。

「特にスキャンダル話が好きとかではないですけど、一応情報として知っておきたかったものですから」

…それを『もの好き』と言うのでは、と思ってしまったがかろうじて口から出さなかった嵯苑さおんは内心自分を褒めた。
だが、まあ知りたいのなら…と自分の知っている範囲で話す。

「派遣された医師団の一部は何も知らされていないようでしたが、先輩の予想通りですよ。ただ――」

医療品を提供する際対応したのは嵯苑さおんだったが、その時に妙な人物が数人医師団に紛れ込んでいるのに気づいたのだという…見た目だけは立派な医師なので、嵯苑さおん以外の者は気づけていなかったらしい。

「匂い、とでもいうんですか…彼らは医師というより、珠雨しゅう先輩と同じ研究者の匂いがしましたよ」

心の中で「何かしでかしそうな意味で同じだ」という言葉を付け加えておく。
まぁ、例え口に出したとしてもこの人は否定するだろうが。

「さすがに、彼ら本人に医師じゃないだろう?とは訊けないので、提供だけしてさっさと向かっていただきましたがね」
「その判断で正解だったかもしれませんね…ここには大勢の人がいますから、彼らが逆上して何かしてきては大変ですし」

最悪、口封じされていただろうと珠雨しゅうは言う。
何故口封じされる可能性があるのかまでは、嵯苑さおんにはわからなかったが――余計な事に首を突っ込みたくなかったのだ。
もうすでに我が子らの為とはいえ、危ない橋を渡っているのだから……

「…話を戻しますが、あの方はこの街の郊外にある屋敷にいるというのが我々住民の共通認識です」

だから黙秘されても、大方は予想できるのだと嵯苑さおんは言葉を続けた。

「ひとりに対して医師の人数が多いと感じましたが、それ以上はまったく…ねぇ、珠雨しゅう先輩。王都では、何か噂を聞きませんでしたか?」
「噂、ですか?そうですね…流行り病や伝染病のたぐいを患われた、といった話は聞きませんでしたが。あの方は心を病まれたから、という事実だけですね」

顎に手をやり思案した珠雨しゅうは、客観的事実のみを伝える。
実際、珠雨しゅう自身も塑亜そあから聞いた内容以上の事は知らないので仕方ない。
最初に話題を振ったのは自分であるが、逆に訊ねられると困るものなのだなと珠雨しゅうは思った。

とても高貴な方、と言っても「元」が付く彼女・・が心身を弱らせた本当の原因は確証まで持てない…しかし、その偽の医師達が何か関係しているのだろう。
何か大きな出来事が起こらなければいいのだが、とふたりは同じ事を願った。


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