0話裏:ほの暗き目覚めの時

「…まぁ、いいです。それよりも、どうして私が先輩の教え子を呼んだ張本人だと思ったんですか?」

まったく悪びれていない様子の珠雨しゅうに、だろうなと思った嵯苑さおんは目を細めて訊ねた。
昔の、異物の件についてはどうせ答える気がないだろう事を知っているのでこれ以上は訊かないつもりらしい。

院長室備え付けなのだろうふたり掛けソファーに座った珠雨しゅうは、手に持っていたお茶のボトルをローテーブルの上に置いた。

「こちらにはこちらの、情報網というものがありますからねぇ。それに、場所がここ・・でしたから――」

すぐに気づけたのだと、珠雨しゅうは口元に笑みを浮かべて答えた。

確かにこの玖苑くおん医院は、嵯苑さおんの勤めている所であると同時に実家のような所でもあるので気づきやすかっただろう。
しかも、おそらく一服盛られた時に自分が医院の跡継ぎである事を無意識に喋ってしまったのかもしれない…だから、この先輩と関わると碌な事にならないのだと嵯苑さおんは内心で舌打つ。

嵯苑さおんの苛立ちなどお構いなしに、珠雨しゅうは笑みを浮かべたまま口を開いた。

「おそらく最初の質問の答えに関わりある事だと思いますが、ねぇ。嵯苑さおんさん…」

言葉を途中で止めると表情から笑みを消し、嵯苑さおんの方に視線を向けて続ける。

「ご子息の容態はどうですか?」
「……」

息子の事を誰にも話した事はない…そもそも息子の病状など調べる時間なぞ、今日来たばかりのこの男にはなかったはずだ。
…という事は、この男の持っているという情報網の賜物というわけか?
一体どんな存在が、この男の背後バックにいるのだろう……

しかし、この男は最初の答えに関わりあると言っていた…という事は、下手に隠しても無駄だろう。

「そうですよ、先輩…あの子の為に、危険は承知で彼らの手を取りました。時間が惜しいんです…あれ・・の研究データを使用できれば――」

長い闘病生活で筋力や体力の弱った我が子らを救えるかもしれない、と嵯苑さおんは答えた。
おそらくこの返答すら、目の前の人物はわかっていたのだろう。
先輩であるが、こいつは全部わかってて訊いている可能性しかないのが腹立たしい。

表情筋を総動員して相手に、この怒りを悟られないよう気をつけながら嵯苑さおんは小さく息をついた。

「あぁ、最初だけでなく最後の質問の答えにもなりましたね。珠雨しゅう先輩、もう戻ったらどうですか?明日は早いのですから」
「確かに早いですよねぇ…ですが、一日くらい寝なくても大丈夫でしょう?」

そう言った珠雨しゅうは笑っている…が、睡眠は大事である。
なのに、彼は『一日くらい』と笑っているのだ。
こいつ何言ってるんだ、大丈夫か?と嵯苑さおんは思った。
そして、こいつが医師でなくて本当によかったとも思う。

「…って、それはまさか先輩。その一日くらい、を私にもさせようと考えてますか?」

訊くのは恐ろしいが、何かの間違いであってほしい気持ちで嵯苑さおんは訊ねてみた。
何故か、珠雨しゅうはきょとんとした様子で答える――大丈夫ですよ、元気に頑張れる栄養ドリンクをあげますからと。

…こいつは本当に寝かせないつもりだな、と嵯苑さおんは思わず遠い目をする。
時刻は、まだ22時を回ったばかりだ…早めに切り上げてもらえると助かるなぁ、と思いながらため息をついた。


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