0話裏:ほの暗き目覚めの時

『薬』の研究と実験に参加する為、訪れた玖苑くおん医院もとい研究所で珠雨しゅう倉世くらせ白季しらき達と別れてから旧友とも呼べる人物の元を訪ねた。
学生時代、同じ講義を受けており何故か・・・いつも隣同士の席になっていた仲なのだ。
自分は旧友であると考えているが、相手の方はそう考えていないとわかっているが――

その人物は医院四階にある院長室に戻っているはずだと考え、一階ロビーでお茶のボトルを二本買ってエレベーターに乗った。

さすがに相手は医師なので、みんな好きなお酒は勧められない。
できれば酔わせて本音を聞きだすのに、と《闇空の柩》の諜報に属している珠雨しゅうは思った。
自分はお酒に強いので相手を言葉巧みに飲ませ、正常な判断ができなくさせて情報を得ているのでそれができれば楽だと考えたらしい。

そんな事を考えている内に、エレベーターは四階に着いたようだ。
エレベーターホールを含む四階全体は薄暗く、当たり前だがしんと静まりかえっている。
ただひとつ、院長室の扉の隙間から漏れる光を除いては……

扉の前に立った珠雨しゅうは、軽く身なりを整えてからノックする。

「…どうぞ」

相手の返事が聞こえてきたので、扉を開けた珠雨しゅうはにっこりと笑みを浮かべて手に持つお茶のボトルを見せた。

「お疲れ様です、嵯苑さおんさん…少し休憩してはどうですか?」
珠雨しゅう先輩…何の用ですか?今貴方の相手をしている時間はないんですが」

少し疲れた様子の嵯苑さおんは、珠雨しゅうの姿を見て眉をひそめる。
どうやら今、一番やって来てほしくない存在だったようだ。

「まぁ、そう言わずに…はい、どうぞ」

まったく気にしていない様子の珠雨しゅうは、院長室に入ると嵯苑さおんのデスクの上にお茶のボトルをひとつ置く。
もちろんデスクの上にはさまざまな書類が広げられているのに、お構いなしに冷えたボトルを乗せた。
その為、ボトルについた水滴が用紙を濡らしてしまい嵯苑さおんはため息をつく。
特に重要なものはないのだが、やはり邪魔をしに来ただけかと彼は思った。

「…貰います。しかし、本当に何の用なんですか?」
「今回どうして、こんな危険な研究に参加しようと考えたのか…そして、何故私の教え子を巻き込んだのかを訊ねたいと思いまして」

自分の分の、お茶のボトルの蓋を開けてひと口飲んだ珠雨しゅうは言葉を続ける。

「――そもそも、あの男・・・の口車に貴方が簡単に乗った理由わけが知りたいと夜分を承知で来ました」
「…ふたつ目の質問を最初に答えますよ、先輩。彼、倉世くらせといいましたか。彼を呼べば、絶対に先輩が来てくれると考えたんですよ」

貰ったお茶のボトルの蓋を開けた嵯苑さおんは、ひと口飲んでから息をついた。
そして、ボトルに蓋をしてデスクの上へ置くと珠雨しゅうの方に視線を向ける。

「ふぅ…今回は・・・何も入れていないんですね、先輩」
「おや、さすがに気づいてましたか?まぁ、別に今回は・・・必要ないと思いましたので…」

肩をすくめた珠雨しゅうは、思わず苦笑した。
学生時代や研修期間中…そして謝恩会など、何度もある薬物・・・・を入れて嵯苑さおんに飲ませていたのだ。
もちろん依存性のない、自分に正直になれる代物ものである。
そもそも彼に渡したお茶は一階ロビーで売っていたものだし、未開封であったのを本人もわかっているはずだが…もしかして、根に持っているのだろうか?

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