0話:終焉の街

別の非常口へ辿り着いた白季しらきは、被験者を引き連れたまま扉の外へ出た。
目の前に広がる悲惨な光景に口を開くが、言葉は出ず息を飲む事しかできない。

「…大丈夫かー?」

自分のよく知っている声を耳にした白季しらきは、小さく頷いて返事をした。

「うん…夕馬ゆうまも無事で良かった。途中、嵯苑さおん院長が子供を庇って死んでたよ…ところで理矩りくは?」
「あぁ、俺も見た…連中、動けない幼子相手でも容赦ないようだな。理矩りくなら、右穂うすい達と一緒に〈隠者の船〉に潜入中」

襲撃される際、玖苑くおんの港を真っ先に抑えられたせいで〈隠者の船〉を奪われてしまったのだ。
なので、理矩りく右穂うすいが生き残った部下を連れて情報収集の為に潜入しているらしい…奪還は無理だろうが、この街から脱出くらいはできるだろう。
鈴亜れいあ殿下の側近である葎名りつなに、向こうから許可を求められたら出すよう頼んであると夕馬ゆうまは言葉を続けた。

夕馬ゆうまの説明に、納得して何度か頷く白季しらきが燃え盛る医院へ目を向けながら訊ねる。

「…珠雨しゅう達の躯は?」
「全部、灯油かけてきたから骨も残らない…仕方ないが、血は一滴たりとも残せないからな」

医院の建物全体にもまいてきたので、非常口付近以外はもう逃げ道がないだろう…と言った夕馬ゆうまの表情は暗い。
彼の、その心情を一番理解している白季しらき夕馬ゆうまの身体を優しく抱きしめた。
最期の時、自分達の事を愛しい子供達だと微笑んでくれた…この大切な存在との思い出は、心の中にある。
半身たる白季しらきの優しさに触れた夕馬ゆうまは苦笑すると、被っている軍帽の鍔を上げた。

「…いつまでも落ち込んでられないよな。よし、そうと決まったら行くか――その前に」

白季しらきの服の裾を掴んだまま動かない被験者の様子をうかがう…が、何か気づいて首を横にふる。

「あぁ、駄目だな。完全に自我崩壊を起こしてる…悪いが、こうなると連れていけない」

小さく呟いた夕馬ゆうまは、白季しらきの死角になる位置で被験者の首の骨を折って生命を絶つ。
物言わぬ躯となった被験者を燃え盛る医院へ放り込むと、白季しらきの腕を引いて離れようとする。
――できるだけ、自分の主である白季しらきにこれ以上は見せたくなかったのだ。


玖苑くおんの港に泊める〈隠者の船〉へ向かう途中、ふたりは倉世くらせを見つけた…が、声はかけられなかった。
頭から血を流して地面に倒れ込んでいる彼の姿と、それを睨みつけるようにして立つ彼の幼馴染みだという男の姿もそこにあったからだ。
…襲撃者の中に、倉世くらせの幼馴染みも関わっているとは驚きである。

幼馴染みの男に担がれて運ばれる倉世くらせの姿を見て、〈隠者の船〉に乗るのだと予測をたてたふたりは急ぎ別ルートで玖苑くおんの港へを向かった。
その途中、誰かに会って襲われてしまわないよう――夕馬ゆうまの持つ、珠雨しゅうが作った黒いマントに身を隠して動いたので無事であったのだ。

…その後、白季しらき夕馬ゆうまと別れて避難民として〈隠者の船〉に無事に乗り込んだ。
先に乗り込んでいた右穂うすいから倉世くらせの居場所を聞いて、こっそりと会いに行ったが…気を失ったままで、話はできる状態でなく離れるしかなかった。


――そして、短い眠りから彼が目覚めて物語ははじまるのだった。


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