0話:終焉の街

「…倉世くらせ様、すぐに脱出を――ここを、この街を久知河ひさちか中将の命令で襲っているようです」

どうやら、こちらの人数を越える部隊を動かして襲撃に来ているのだという…そもそも、何故関係ない街までも襲う必要があるんだ!!
右穂うすいが教えてくれたのは、この街全体が国家反逆罪に関わっているとの判断されたからだという…それと、元第5妃が主導しているなど情報が錯綜しているらしい。
状況を理解した俺は、日記として使っている手帳を右穂うすいに託した。
それを〈隠者の船〉にある隠し部屋に隠すように言って……

珠雨しゅう先生の事が心配で、右穂うすいの手を借りて近づく…彼の着ている白衣が赤く染まり、おそらく致命傷を負っているのだろう。
泣いている白季しらきの頭を撫でていた珠雨しゅう先生が、何かを彼に託していた――これを隠しておきなさい、と言って。
それは珠雨しゅう先生の身分証だ…おそらく、先生は『紫鴉しあ博士』のふりをするつもりなのだろう。

白季しらき夕馬ゆうまに何かを囁いた珠雨しゅう先生の手から力が抜け、床に落ちた…その瞬間、白季しらきは声もなく泣き崩れた。
そんな白季しらきの身体を起こした夕馬ゆうまは、珠雨しゅう先生からループタイと懐中時計を手に取る。

「時間がない…これを形見に持って、被験者連れて外で待ってろ。すぐに工作して合流するから――」

何も答えない白季しらきにループタイの方を握らせ、俺の方へ彼の身体を押した。
すぐに我に返ったらしい白季しらきは頷き返すと俺の手を引いて、被験者ふたり連れ部屋を出る。
行く一瞬前に、俺は珠雨しゅう先生へ向けて感謝と鎮魂の祈りを心の中で捧げた…どうか、後は任せてくださいと。


地下研究所から院内へ移動すると、そこでも軍人達が無抵抗な患者や医師・看護師を殺害していた。
生命ある患者達を護ろうと応戦している軍人もいたが、数の差で次々と倒れていった。
俺達は仕方なしに一度地下研究所へ戻り、別ルートで外へ脱出するしかなかったのだ。
何人か襲撃者が残っているのか、複数の足音がするのでダクトを通りながら移動する――その際、白季しらきが口を開いた。

「…多分、襲撃してきたやつらも『薬』の効果がでてるんだと思うよ。気化したあれ・・も吸ってるだろうけど、これだけ殺害してるんだもん…血液に触れてるよね」
「そうだろうな。おそらく、もろとも潰すつもりなんだろう…」

俺達の会話で恐怖が高まったのか、何故か白季しらきの着ている上着の裾を握っていた。
このままでは被験者ふたりが白季しらきにくっついて歩きかねないし、四人で動けばそれだけ目立ってしまうだろう…なので、二手に分かれて行動する事に決めた。
分かれる寸前、白季しらきが思い出したように口を開く――それは、俺達が知りたかった件についてだった。

「あと、夕馬ゆうまから…走水そうすい博士は隣国からの間者で、結社の者だって」

それだけ言うと、しがみつく被験者ひとりを引き連れて行ってしまう。

隣国にあるという『結社』…名前までは知らないが、《闇空の柩》と活動内容が似ているらしいと聞いている。
あぁ、だから走水そうすい博士は「自分達も同じだ」と言っていたのか…と、ようやく腑に落ちた。


怯える被験者の身を護りながら、ようやく非常口のひとつに辿り着いた。

「着いた…このまま真っ直ぐ駆け抜ければ、外に出られる――」

俺がそう声をかけた瞬間、被験者は俺の身体を強い力で押し退けて外へ向かった…が。
パーンと乾いた音が聞こえたと同時に、彼の身体から力が抜けて地面に倒れた。

したたかに身体を打ちつけて一瞬意識が飛びそうになった為、何が起こったのか理解できなかった。
目の前に広がるのは、燃え盛る玖苑くおんの街並みと躯と化した被験者という光景なのだ…理解が追いつかなかった。

ふらつく身体に鞭打ちながら、扉の陰に入り外の様子をうかがう――そこにいたのは、本来ならいないはずの人物だった。
考えてみれば、もう何年もまともに会っていなかったな…思わず、そう考えてしまった。

ここで幼馴染みのあいつと再会になるとは…感動の再会ならよかったのだが、絶望的な状況下での再会だからな。
最悪、俺はここで終わるだろう――それもいいだろうな、と少しだけ思った。


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