0話:終焉の街

周囲を確認した俺達は裏口から医院へ入り、4階にある院長室へ向かう。
丁度昼時だったので、院内は昼食の匂いに満ちていた。
あぁ…そういえば、俺は起きてから何も食べていなかったな。

エレベーターで4階に着くと、ホールで右穂うすいが待っていた。
知治ともはると打ち合わせする前に、夕馬ゆうま達と先に行く事は聞いていたがそこにいたのか。

右穂うすいの案内で院長室へ入ると、部屋には40代後半の…赤髪に茶色の瞳をした院長の嵯苑さおんが椅子に座り、机に向かって書類に目を通していた。
こちらに気づいた彼は視線を上げてから立ち上がると、口元にだけ笑みを作る。

「ようこそ、玖苑くおん医院へ…いや、玖苑くおん研究所へと言った方がいいのかな?そして、久しぶりです…珠雨しゅう先輩」
「どちらでも構わないと思いますが、お久しぶりですね。塑亜そあさんから様子を聞いてはいましたが、元気そうで何よりです」

どうやら、嵯苑院長珠雨しゅう先生は知り合いらしい…というか、このふたりは学舎時代の『先輩』『後輩』の関係だったのか。
しかし珠雨しゅう先生は〈狭間の者〉で、彼らはかなり緩やかに歳をとる…と聞いていたので、首をかしげていると白季しらきが囁きかけてきた。

珠雨しゅう…今は年齢50代だから、見た目を合わせる為に特殊なマスクつけてるんだよ。だから、嵯苑さおんはこっちの正体にまったく気づいていないんだ」

俺の学生時代から珠雨しゅう先生の見た目にあまり変化はない――本人曰く、老け顔らしいので俺もまったく気づかなかった。
つい、まじまじと観察していると白季しらきがさらに言葉を続ける。

「それに、珠雨しゅうは学舎の…魔導研究科に中途編入して、たまたま取った授業が同じだった嵯苑さおんと知り合ったって言ってたよ」
「なるほど」

先ほど、珠雨しゅう先生に声をかけた嵯苑さおんから親しさを感じなかった理由がなんとなくわかった…多分、外部生であった珠雨しゅう先生をライバル視しているのだろう。
お互い学科は違うが、医学科と研究科の授業は多少被っているところもあるので理由はこれだろう。

そんな微妙な空気のまま挨拶を終えると、嵯苑さおんの案内でエレベーターに乗って地下研究所へ向かった。
特殊な操作で降りれるようになっているので、誤って一般人は入れない仕様のようだ。

地下研究所の階に着き、そのまま会議室へ向かうとそこには夕馬ゆうまと十数人の白衣を着た男女が集まっていた。

「よぉーう!待ってたぞー」

夕馬ゆうまがこちらに気づき、笑いながら声をかけてくる――どうやら、彼はここで待っていたようだ。

それから、嵯苑さおんより集まった研究者達――金から赤のグラデーションの髪と茶色の瞳をした男が走水そうすい博士、灰色の髪に赤紫の瞳で浅黒い肌の女が綺乃あやの女史…そして、残りの者達の紹介を受けた。
こちらも簡単に紹介を…というか、夕馬ゆうまが楽しそうにこちらを紹介してくれたのでひと言も話さず終えてしまう。
…もちろん、紹介をし終えた夕馬ゆうま塑亜そあ先生に頭を軽く叩かれて部屋から追い出されていたが。


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