0話:終焉の街
塑亜先生に勧められて仮眠室で休んだ俺は、珠雨先生の淹れたお茶を飲んで眠気を覚ましていた。
何故か、頭にたんこぶをつくった白季が向かいのソファーに深く腰掛けているのに気づく――おそらく塑亜先生に説教された後なんだろうが、一体何やらかしたのだろうか…?
何があったのか訊ねると夕馬が塑亜の逆鱗に触れたから、と答えたので思わず納得してしまった。
――珠雨先生と白季と共にお茶を飲んで休んでいる内に、玖苑へ出発する時間となった。
走水博士や他の研究者達、警備を担当する夕馬と理矩をはじめとする秘密警察ともう一隊は先に玖苑へ行っているのだという。
俺達が合流すれば、参加者は全員そろうわけだ。
玖苑へ向かう飛行艇は〈隠者の船〉を出すので、約2時間で着くだろう。
もちろん陸地からでも行けるが、山越え谷越えで一日がかり…なので、基本的に人々の往来は飛行艇がメインとなる。
着いたら玖苑の港の、人目の付かない場所に〈隠者の船〉を置いておけばいい――ついでに、整備を頼もう。
玖苑へ着き港を出ると、迎えの車が来ていた――運転手は、夕馬の密命を受けた理矩だ。
俺は助手席に座ろうと動いたが、何故か塑亜先生が先に助手席に座ってしまう。
何かあったのか、と首をかしげていると白季が笑いながら教えてくれた。
「…ちょっと報告があるみたいだから、助手席は塑亜に譲ってあげてよ。その代わり、僕と珠雨の間に座ってよ」
そういう事なら、と運転席の後ろに座る珠雨先生と助手席の後ろに座る白季の間に俺は座った。
全員が乗り込むと理矩が車を発進させる…その間、誰も口を開いていないので静かなものだ。
発進して5分くらいして、理矩がおもむろに口を開いた。
「…瀬里十の件ですが、どうやら王都から週替わりで玖苑のある場所へ医師団が派遣されていました」
「派遣、だと?そんな話を瀬里十から聞いていないが…どういう事だ?」
眉をひそめた塑亜先生が言う――そもそも、派遣しなければならないほどの何かが起こっている話も聞いていないと。
話が見えなかった俺は、何の話なのかを白季に訊ねた。
どうやら瀬里十が特効薬造りをはじめると、医院に呼び戻されるのだという……
俺が事情を聞いている間も、塑亜先生は理矩からの報告に相槌をうっていた。
「どうやら、玖苑の郊外で元第5妃が療養しており…そこへ定期的に医師団を派遣するよう、王都医院の副院長が命じているところまでわかりました」
「副院長か…あいつは確か、久知河中将の甥だったか。まぁ、大切な第6王子の母親の為だからと派遣しているのかもしれんが…だからといって、主治医がいるのに医師団派遣はおかしいだろう」
元第5妃が玖苑郊外にある屋敷で療養中なのは、公にされていないが事実である。
療養先には遠縁の者、専属の護衛達と主治医が付いている…というのに、更に何人もの医師が向かう意味はあるのだろうか?
病状も公表されていないのでわからないが、主治医だけでは手に負えないのか…そうだとしても、毎回違う医師達を向かわせているのはおかしい。
王都医院の副院長は、確か…1~2年前に就いたばかりの若い男だったはずだ。
院長ではないというのに派遣を決定できるのは、塑亜先生も言っていたが『久知河中将の甥』だからなのだろう。
久知河中将は第6王子の教育係のひとりで、もしかすると王子に頼まれたのかもしれない。
「…副院長にその意図はない可能性もあるが、それも含めて更に調べさせろ。もし頻度が多すぎる場合は、真宮に伝えて《闇空の柩》から医師を補充させろ」
「はい、塑亜様」
塑亜先生の言葉に返事をした理矩は、静かに車を路肩に止める――どうやら、玖苑医院に着いたようだ。
着いたといっても、医院の…人目の付かない裏口前だが。
俺達が降りると、理矩は塑亜先生に指示された件で一度夢明へ戻ると言って車で走り去った。
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