12話:永久の闇への旅路

「…やはり、猶予は無いか。まったく、異母弟あの子の行動力の早さには驚かされる――が、それは他の場面で発揮してほしかったよ」

めい国の王都である夢明むめいの、ほぼ中央地区――ここには国の要となる王城や施設など、それと3つの離宮がある。
その離宮のひとつである『月白げっぱく宮』二階の一室…この部屋の主である、黄緑色の髪に青い瞳をした青年が窓の外に視線を向けるとため息混じりにごちた。

青年がひとりごちた理由わけは、自分達のいる『月白げっぱく宮』から見える景色にある――そう、立ち上る3本の黒煙に。
ひとつはすでに報告を聞き知っていたので、さほど動揺せずに対応はできた。
問題があるとすれば、別々の場所で上がる黒煙ふたつだ……むしろ、こちらの方が問題は大きい。

黒煙ふたつの内ひとつは、この『月白げっぱく宮』の何区画か挟んだ向かいに位置する『灰桜はいざくら宮』――つまり、第一妃とその子である第一王子と第三王子の暮らす離宮なのだ。
そして、もうひとつは王城の西棟部分で…そこは王族の居住区である。

異母兄第一王子は外交で湊静国へ行っておられるが、体調を崩されている一の妃殿下と足の悪い異母弟第三王子は心配だ。それに……」

王族の居住区には他の妃や異母弟妹はもちろん、臥せっている父王がいるのだ。
無事であるのか、今はまだわからず……『月白げっぱく宮』より見ている事しかできなかった。

「お兄様…これらを、本当に知草ちぐさがやったのですか?」

青年の部屋に備え付けられた応接用ソファーに座っている、淡い黄緑色のゆったりとしたウェーブがかった長い髪に青緑色の瞳をした少女は報告書に目を通しながら訊ねる。
異母弟第六王子である知草ちぐさがやった第五妃殺害や玖苑くおんでの暗躍など、彼女は信じられないものを見るような目で報告書を読んでいた。

「私としても信じられないよ…だが、随分前から動いていたようだけどね」

――まぁ、主に動いていたのは異母弟第六王子の側近である久知河ひさちか綺乃あやのの2人だが。

そう言って、再びため息をついた青年は少女の向かいのソファーに腰かけて足を組んだ。
あまりのんびりできる状況ではないのだが、情報を集まらなければ動きようもない。

「七の妃殿下のところの異母弟第七王子異母妹第六王女…そして、八の妃殿下のところの異母弟第八王子は国外へ逃がせた――が」
「…他の異母兄弟達に話を持って行く前に、彼らに動かれてしまったのですね」

昨夜の内に話できたのは、第七妃と第八妃のところだけであった。
そして、今日は第三妃と第四妃のところへ行く予定だった……が、それよりも先に第一妃のところが襲撃されてしまったわけだ。
――おそらく、こちらの動きを察して先手を打ったのだろう。

「一応、手を組んでいる異母兄弟の側近達には話を事前に通してある…もう、彼ら自身の力で逃れてもらうしかない」

兄である青年の言葉に、少女は静かに頷くと俯いた。
第六王子以外の異母兄弟きょうだい全員を助けたかったが、不可能に近いのだと知ってショックを受けたようだ。
少女の、その気持ちに気づいている青年は悲しげに窓の方へ視線を向けた。

慌ただしく廊下を走る足音がした後、自分達のいる部屋の扉がノックされる。
入室を許可すると、黄緑色の髪に赤紫色の瞳をした青年と淡い紫色に紺色の瞳をした青年が主である青年の傍に跪いた。

「遅くなって申し訳ありません、鈴亜れいあ様…」
「いいや、それより…葎名りつなをきちんと送ってくれたかな?」
「はい、後はあちらが対応してくれるはずです…それより、ご報告したい事が――」

主である鈴亜れいあに、葎名りつなは声を震わせて口を開く。

「先ほど…陛下と共にいた父と母が、暗殺されました。陛下は保護してご無事なのですが……」

居住区を襲撃された際、葎名りつなの両親を含む数名の王の側近が王を護り生命を落としたのだという。
…そして、おそらく次に狙われるのはこの『月白げっぱく宮』だろうと言葉を続けた。

「そうか…邪魔者を消そうと躍起になっている、という事かな。葎名りつな…叔母上と義叔父上の最期までの忠義、感謝する」
「殿下にそう言っていただけると、父と母の心も救われると思います……」

頭を下げたままの葎名りつなは静かに涙を流し、すぐにそれを袖で拭うと――何か決意した表情のまま頭を上げ、鈴亜れいあと少女にひとつの提案を口にする。

鈴亜れいあ殿下、茅羽耶ちはや殿下…どうか、このままお逃げください。裏に、塑亜そあ理矩りくが車を用意しております…そこまでの案内と護衛を斐歌あやうたがいたしますので」

そのまま無事に国外へ逃れられるよう手配は済ませているのだ、と言葉を続けた。
葎名りつなはどうするのかという少女・茅羽耶ちはやの問いに、葎名りつなはゆっくりと首を横にふるだけである。

「何もでなければ、彼らは執拗に狙い続けるだけ…なので、どうか私の事は捨て置きください」

幸いにも従兄弟である上に、身長と髪色も同じなので時間稼ぎはできるだろうと答えた。
そして、茅羽耶ちはやの身代わりは侍女をしている葎名りつなの妹が引き受けるそうだ。

自ら身代わりになるという従兄葎名の言葉に困惑した茅羽耶ちはやが、助けを求めるように兄である鈴亜れいあへ視線を向けた。
しばし目を閉じて考え込んだ鈴亜れいあは、目を開くと深く頷いて答えた。

「…わかった。後は任せる…葎名りつな従兄上あにうえ

驚いた表情で兄と従兄を見やる茅羽耶ちはやだったが、何も言う事はできなかった……
口を開く前に、兄に腕を引かれて斐歌あやうたの案内で裏に用意したという車まで足早に向かう事となってしまったからだ。




去っていく従兄妹いとこの後ろ姿を見送った葎名りつなは、深いため息をついた。

両親と弟は王と第三王子を護る為に動き、その生命を落とした――両親は王を護れたが、弟は第三王子の盾になったというのに護りきれなかったのだ。
兄は第一王子と行動を共にしているので、逃げ切れる可能性が高い。
おそらく、それらの事実を斐歌あやうたが自分の代りに伝え……そして、無事にりん国へ亡命できるだろう。

(妹は茅羽耶ちはや殿下の部屋に、私は鈴亜れいあ殿下の部屋にいれば…しばらくの間は、お二人が亡くなったと考えられるだろう)

……そう願いながら、窓際まで近づくと外の景色に視線を向けた。



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