2話:狂気のはじまり

「…私、貴方のような失礼で愚かな方は初めてです」
「それは、僕のセリフだよ。君みたいな失礼で、お馬鹿さんは初めてだ」

少女と白季しらきは、もう15分くらい言い合っている。
そろそろ、本気で止めた方がいいよな……

「…2人共、いい加減に落ち着け!」

俺は、少し大きめに声を出した。
そうでもしないと、この2人の声に負けてしまう気がしてな……

「………」

2人は俺の声に気づき、なんとか落ち着きを取り戻してくれたようだった。
よかった…七弥ななやが戻ってくる前に止める事ができて――
俺は安堵のため息をつき…先ほど、訊きそびれた事を口にする。

「…すまないが、きみの名前を教えてくれないだろうか?」

申し訳ない気持ちで、少女に訊ねた。

「…ぇ?」

不思議そうな表情の少女は、こちらを見ている。
事情を説明をしていないのだから、当然そうなるよな……

俺は説明しようと、口を開いた。

「実は――」
「……倉世くらせは今現在、すべての記憶を失っている」

俺の言葉を遮るように、いつの間にか戻ってきたらしい七弥ななやが先に言った。

「すべてを忘れているので、貴女の名前もわからないでいる」
「……記憶を?」

それを聞いた少女は、複雑そうな表情で俺を見ていたが……――

「そうだったの……ごめんなさい、倉世くらせさん」

言いながら、自分のスカートを左右に広げて小さく頭を下げる。

「私の名前は、音瑠ねる…貴方とは、遠い親戚の関係にある者ですわ」

少女・音瑠ねるはゆっくりと微笑んで、自己紹介をしてくれた。
そして……

「…で、そこの愚かな方は誰?」

何故か、音瑠ねる白季しらきを横目で見ている。
――明らかに、ケンカ腰なんだが……

「…………」

白季しらき音瑠ねるの…その視線と態度に気づいたようだが、むっとしたまま無言でいる。
多分、白季しらき音瑠ねるに名乗る気がないのだろう……

「…彼は、倉世くらせの友人で、白季しらきだろう?」

呆れた様子の七弥ななや白季しらきに視線を向けて、俺に訊ねた。
俺が静かに頷くと、白季しらきはむっとしたまま小さくため息をつく。

「どうも…こんにちは」

目は笑っていないが…白季しらきは微笑んだ。
その微笑みに返すように、音瑠ねるも「よろしく」と言って微笑む。

そして、音瑠ねるはこちらを向くと申し訳なさそうに頭を下げた。

「私…そろそろ戻りますね。母が心配しているといけないし……」

そう言うと、ラウンジの方へ小走りで去っていった。


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