5話:幼い邪悪[後編]

…いつの間に気を失ったのだろうか?

セネトが目を覚ますと、真っ白な天井が見えた。
ゆっくり周囲を見回してみると、どうやらここはどこかの医院で6人部屋病室のようだった。
隣のベッドには、治療を終えたらしいクレリアと付き添いであるミカサの眠っている姿があった。

身体の至るところが痛むセネトは、上半身をゆっくり起こして向かいのベッドで新聞を読んでいるイアンに声をかける。
イアンは右腕を包帯で固定して三角巾で吊っているので、左手だけで新聞をめくっていた。

「怪我…あまり、酷くなかったんだな」
「あぁ、あいつ――ヴェンデルが氷の矢を抜いたら傷が癒えるよう施していたらしくてな。右腕だけで済んだ…それより、大丈夫か?」

新聞を膝の上に置くと、セネトに訊ねる……手加減をしてくれていたとはいえ、ヴェンデルに体術をかけられまくっていたのだから。

「ん…あぁ、身体中が痛い。それよりも、あいつらは?それに、ヴァリスは…」
「…フレネ村の生き残りは、上の階で治療を受けながら当局の尋問を受けている。おそらく、このまま拘束されてしまうだろう…幼子達は"オラトリオ教団"に、引き取られる事となっている。あぁ…あと、ヴァリス達兄妹やユミリィ達の供養も教団がしてくれるそうだ」

新聞を折りたたんで、ベッドの隣に設置されているチェストの上に投げ置いたイアンは言葉を続ける。

「今回の件は、教団を通して全世界に報道される予定だ…ヴェンデルとテルエルが、それを許したからな」

許可をとった経緯が、実はクリストフがテルエルの右肩の関節を外しながら半ば脅すようにとった、という事を黙っておこうとイアンは考えていた。
――まぁ、ああしたのでテルエルが…そして、ヴェンデルも許可するほかなかったのだろうが。

クリストフがしなかったら、自分がしようと考えていたイアンは小さく苦笑した。
苦笑しているイアンの様子に、首をかしげたセネトは安堵する。

「…そっか。なら、ヴァリス達の願いは叶った形には…なるのかな」

ふと、自分の枕元に置かれている2本の剣に気づいたセネトはその内の1本を手に取った。
それはあの時借りたルフェリスの剣で、もう1本はヴァリスが使っていた短剣だった。

「これ…ルフェリスとヴァリスの…?」
「――今回、クリストフの呼んだオーザイレア大司祭が…その2本を、昨夜持ってきてな」


"オラトリオ教団"の大司祭の一人であるゼスト・オーザイレアは、生命を落とした者の魂と対話する力を持っているのだそうだ。

オーザイレア大司祭はフレネ村の浄化の前にアーヴィル村へ立ち寄り、ウィルネスの孫ユミリィとルフェリス達兄妹や名も知らぬ数多の人々の葬儀を執りおこなってくれたらしい。
それを終えたオーザイレア大司祭が、ルフェリスとヴァリスの剣2本をセネトの枕元に置いてくれたそうだ。


「それをお前に…と、彼らが伝えてきたそうだ」

チェストから煙草を1本出して口にくわえたイアンは火を点ける道具を探しながら言っているのだが、結局道具は見つけられなかったらしい。
魔法で火を点ければいいのかもしれないのだが、そもそも病室は火気厳禁な上に"魔力封じ"も施されているのだ。

すぐに探すのを諦めたイアンは、煙草をくわえたままベッドに横になる。

イアンの言葉に、セネトはルフェリスの剣とヴァリスの短剣を握り締めると俯いた。
ルフェリスはあの時、どんな思いでこの剣を自分に貸してくれたのだろうか――そんな事を、セネトは考えながら独り言のように呟く。

「……助けられなかったおれに、何で…?」

その時、ヴァリスが最後に言っていた言葉を思い出した。


――全てを知ってもらえただけでも、私達は十分だと思っています。信用できるあなた方ならば、後の事を任せられると。


この剣と一緒に、きっとルフェリス達兄妹とユミリィの願いが託されたのだろう……

「……あいつらのような苦しむ人間を出さない為に、おれはこの…ルフェリスの剣と共に戦い守る事を誓う。あと、ヴァリスの短剣は…きっと」

セネトがヴァリスの短剣を静かに眺めていると、誰かが病室に入ってくる。
そちらへ目を向けると、そこにいたのはクリストフであった。

「あぁ、セネト…目が覚めたようですね。丸2日、ぐっすり寝てましたよ?」
「そっか…だから、妙にスッキリしてるし…イアンの話で聞いた時間の流れと俺の感覚がズレてるなと思った」

納得したように頷いたセネトは、握り締めていたヴァリスの短剣をクリストフに向けて差し出す。

「それよりも、クリストフ…あいつ――ヴァリスは、お前に憧れてるって言ってただろ。きっと…これをお前が持っていた方がいいと思う。あいつも、喜ぶと思うし」

何度か、ヴァリスはクリストフの事を憧れている存在だと言って嬉しそうに微笑んでいた――まるで夢のようだ、と。
その事を思い出したセネトは、ヴァリスの形見である短剣は自分よりクリストフが持つとヴァリスも喜ぶのではないか…と、考えたのだ。
セネトの真っ直ぐな目にクリストフは小さく頷くと、ヴァリスの短剣を受け取った。


――…ありがとう。


誰かの声が聞こえた気がして、セネトは周囲を見回すが声の主を見つけられず……

(…今、ヴァリスの声が聞こえた気がしたけど……気のせいか?)

「…どうしました、セネト?」

首をかしげているクリストフに、セネトは我に返って首を横にふると何かを思い出したように手をたたいた。

「そ…そういえば、ナルヴァのバカはどうなるんだ?」
「あぁ、ナルヴァか…あいつは――」

起き上がったイアンはくわえていた煙草をチェストの上――新聞の上に投げ置いて続ける。

ナルヴァは本当に何も知らなかったので、当局が彼の身柄を協会こちらに委ねてきたらしい。
なので、そのまま協会で引き取って再教育するそうで…その面倒は、セネトの師であるディトラウト・トーティスが見るのだそうだ。

――つまり、ナルヴァはセネトの弟弟子となる。

「ディトラウト先生…って、まじか」

まったく喜べないセネトは自分の膝を叩いて、その痛みでうずくまった。
その様子を見て、イアンは独り言のように呟いた…ここにはいない同僚に向けて――

「ディトラウト…あいつも大変だよな。本当に…」

セネトに似た弟子がもう一人できた事に、きっとディトラウトは今頃頭を抱えているだろう。

同じ事を考えてしまったらしいクリストフも、イアンの言葉に同意するように頷いたのだった。

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