4話:幼い邪悪[中編]

――アーヴィル村から30分もしない距離のところに、小さな森に囲まれて門が建っていた。
その先には何もなく、ただ門があるだけである。
セネトも、フレネ村からアーヴィル村へ向かう道中にこの門を見つけてはいたのだが…よもや、それが目的地だと考えていなかったのだ。

クリストフはセネトから手紙を受け取ると、それを門に掲げて門扉を開ける…すると、一瞬にして周囲の空気が変化した。

3人が門を通ると、そこは……

「…うわぁ、クリストフの言ったとおりだ。すっかり夜だよ…」

驚愕しながら空を見上げたセネトが、ぽつりと呟いた。
門をくぐった瞬間に夜の帳が下りたので、さすがのセネトも驚きと呆れの半分半分といった感じだ。

「今まで夜にしか、吸血鬼に会った事がないから…どういう感情をだせばいいのか、まったくわからん…」
「高位の吸血鬼にもなると、魔法でこのようにできる…んだそうですよ」

苦笑したクリストフが、簡単にこの状況についてを説明した。

――この夜が、魔法によって作られている…それを知ったセネトは、小さく頷きながら思案する。

(はぁー…これを魔法で、か。いつも見てる夜空に似てる――というか、同じ?昼間だけ使ってんのかな…)

「この魔法について知りたいんだったら…仕事が終わってから、ディトラウトのところへ行けばいい。だが、今は仕事に集中しろ」

セネトの肩を掴んだイアンが、ため息混じりに言った。
イアンの手を払いのけたセネトは、自分の師匠を思い浮かべると答える。

「気が向いたら…って、師匠は今エミールの補佐で忙しいだろ。エミールだって、いろいろ覚える事あるし…邪魔できないだろうが」
「まぁ、そうかもしれないが…お前が何かする度に、ディトラウトは――それはそうと、さっさと行くぞ」

密かに同僚の身を心配したイアンは小さく息をつくと、屋敷へと向かって歩きはじめた。
むっとしたセネトと苦笑しているクリストフも、一歩遅れてイアンを追って歩き…しばらくして、3人は屋敷の玄関先に辿り着く。

「しかし…ここに何体いるんだろうな、吸血鬼は?」

口元をひきつらせたセネトが、静かに扉に触れながら呟いた。
すぐ扉を開いてもいいが、中に入ってたくさんの吸血鬼と「こんにちは」など想像したくはなかったのだ。

「さぁ…何人いるのか、数えた事ないですからね。開けてみてからのお楽しみ、になりますか?」

躊躇しているセネトの隣に立ったクリストフが、扉を勢いよく開ける。
その瞬間…隣に立つセネトはもちろん、屋敷の中にいた者達も――突然の事に、驚きで目を丸くしさせて立ち尽くしていた。

慌てたセネトは扉を勢いよく閉めると、きょとんとしているクリストフに向けて叫んだ。

「ばっ…お前、なんで何の準備もなく開けてるんだよっ!?」
「なんでって…普通の人もいましたが、吸血鬼も何人かいましたね。ほら、よくわかったでしょう…?」

顎に手をあてて呟いたクリストフが、同意を求めるようにセネトを見た。
――もし、屋敷の中にいた者達が扉を開けようとした時の為に…と、扉をおさえたセネトは呆れながら口を開く。

「わかったが…相手にも、おれ達が来たって事が筒抜けじゃないか!イアンも、そもそも何で止めないんだよ!」
「うん?別に大丈夫だと思うが。そもそも、その気ならば…もう、とっくに襲われているだろう?」

たいして気にしていない様子のイアンが、セネトの手をのけて扉を開けた。
すると、先ほどまでいた者達の姿はなく…床にモップや書類などを残している事から、あちらも慌てていたのだろう。

「お前ら2人が、どういう風に仕事をしているのか…わかったというか。ここにいたやつらの、屋敷を護ろうとする態勢のなさ…というか」

もう…なんと言っていいのか、わからなくなったセネトはげんなりとしたように呟いた。
首をかしげながら屋敷内へ入っていくクリストフとイアンを追って、まだ何か納得のできていないセネトも入ると後ろ手で扉をゆっくりと閉めた。


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