4話:幼い邪悪[中編]

クレリアの向かった林に近い家々のある周辺にやって来たイアンが周囲を見渡しているところに、クリストフは追いついた。

「イアン…クレリアは?」
「いないな…林の方へは行っていないと思うが」

クリストフの言葉に首をふったイアンは、ふと足元に"眠れぬ死者"が数体倒れているのに気づいた。
よく見ると、"眠れぬ死者"達はみなボコボコに打撲などをされた痕が残っているようだった…おそらく、クレリアの体術でやられたのだろう。
それだけではなく、林の草陰からまだ残っている"眠れぬ死者"達が怯えながらこちらの様子をうかがっている事に2人は気付いた。

「そうですか…魔物や"眠れぬ死者"達にやられたわけではなさそうですね」
「というか、遠巻きに…怯えたように、こちらを見ているのが…な」

クレリアの体術のおかげなのか、それとも他に何かをやったのか……
それはわからないが、無事だった"眠れぬ死者"達はすっかり戦意喪失してしまったのだろう――こうなると、少々可哀想な気がしてくる。

「この状況を見ると、彼女が何をやったのか…想像できますね。フルボッコ…だったんでしょう」
「あぁ…さすが、と言うべきか。そういえば、ヴァリスはどうした?」

口元をひきつらせるクリストフに苦笑しながらイアンが訊ねると、彼は思い出したかのように答えた。

「え、あぁ…彼なら一足先に村に戻っていたのですが――村長に、先に報告すると言ってましたので…その、ヴァリス殿がどうかしましたか?」
「少々気になる事があってな、クリストフ…この村にはまだ何か秘密があるぞ」

声を潜めるように囁いたイアンは、村で感じた気配や違和感…そして、村長やヴァリス達が隠しているであろう事を話しはじめた。




――…一方、あとを任されたセネトはミカサから話を聞いてから近くの家々を訪ねていた。
怪我人を何人か見つけたり、"眠れぬ死者"と遭遇したり…と色々あったセネトは、大きくため息をつきながら戻ってくる。

「ミカサ、何人か…とりあえず、怪我人を連れてきたぞー」
「うん…大丈夫ですか?怪我の治療をしますので、こちらに。セネト、ありがとう…」

心配そうに怪我人のそばに寄ったミカサは、法術で治癒しながらセネトを労った。
セネトは頷くと、まだ訪ねていない家々の方へ視線を向けて呟く。

「まだ行っていない家の方が多いんだよな…ったく、クレリアのやつは何してるんだ。クリストフやイアンも早く戻ってこいよなー」

独り愚痴りながら、まだ訪れていない家へ向かおうとしたセネトは前からやって来る二つの人影に気づいて足を止めた。
その二つの影が、クレリアを探しに行っていたイアンとクリストフであると気づいたセネトは首をかしげて訊ねる。

「クレリアのやつ…いなかったのか?こんな暗い中とはいえ、迷子になるような村じゃないよな」
「まぁ…そう大きな村ではないからな。忽然とクレリアの痕跡が消えた感じだった…」

困ったように顎に手をあてたイアンが答えると、林の方向に目を向けながらクリストフは首をかしげて呟いた。

「あの様子だと、僕らが戻る少し前までいたとは思うんですが…」
「そうですか…クレリア、大丈夫かな」

心配そうに俯いたミカサは、祈るように手を組んだ…大切な友であるクレリアの無事を祈るように。




…その時、不思議な風邪がひと吹きして周辺の砂埃が巻き上がり…セネト達は思わず瞼を強く閉じた。

「…こんばんは」

まだ幼さを残した少女の声が聞こえ、セネト達は瞼を開けて声のした方へ目を向ける。
そこにいたのは茶色のショートボブの、15、6歳くらいの少女がどこか緊張した面持ちでセネト達を見ていた。

セネトや助けられた村人達を除いたクリストフやイアン、ミカサが少し驚いたように少女と向き合っている。
何か様子のおかしい村人達を横目に、セネトは少女を指差して声をあげた。

「こ、こいつ!クリストフ、こいつだって…おれをバカにしたやつは!!」
「…はぁ」

セネトの言葉に、クリストフはセネトと少女を交互に見やると納得したように何度も頷く。
何の事かわからないでいるイアンとミカサに、クリストフが簡単に説明した。
「あぁ、なるほど…」といった様子で頷いたイアンとミカサは、少女とセネトを見ている。

「何、納得してんだよ…お前ら、おれにケンカを売っているのか?そして、お前は何者だ?」

3人の様子に怒りを抱きながら言ったセネトは、きょとんとしている少女に向かって訊ねた。
少女は最初に会った時とは違い、実体化してきちんと地面に立っており…セネトを少し見上げながら1通の手紙を手渡す。

「はい、招待状…兄さんがね、紺色の髪の狂暴な・・・お姉さんを預かっているから迎えに来てって」
「き…狂暴な、って」

見知らぬ少女に『狂暴』と言われてしまったクレリア――おそらく、そうとう暴れたのだろう。
そう考えてしまったセネトは、呆れたように呟いてしまった。

そんな事はお構いなしに、少女が口元に人差し指をあてて考えた後、思いだしたように手をたたく。

「…あっ!場所ならその手紙に書いてあるけど、この村とアーヴィル村の中間にあるお屋敷だからね」

それだけを言うと、少女の姿はゆっくりと薄らいで消えていった。
しばらくの間、少女のいた場所を見ていたセネトだったが…はっと気づいたように口を開く。

「――って、また消えた!あいつ、何者なんだ!?」
「……気配は希薄ですが、多分…夢魔の一種だと思います。おそらく、夢術が完全でないから死霊術も併用して生まれた存在かと」

先ほどまで少女のいた場所を見つめたクリストフは、言葉を続けた。

「まぁ…その辺りに関してはキールが詳しいので、勉強の為に今すぐに呼びたい気分ですね」
「そうだな…だが、キールは絶対に居留守を使うだろうな。なぁ、セネト…」

クリストフの言葉に同意したイアンが笑みを浮かべて、セネトに視線を向けるとそれに気づいたセネトは腹をたてて睨んだ。

「は?おれに聞くなって…そんな事よりも、クレリアのやつ。その…夢魔の連中に捕まったのかよ」
「さすがのクレリアも、どうする事もできなかったんだろう。こうなれば…その件についても、ヴァリスや村長親子に問わなければならないな」

腕を組んだイアンは、ため息をついた。

「そうと決まったら、村長宅に殴り込み…もとい、聞きに行こうぜ!あいつら、無駄におれを疲れさせやがって…」

指を鳴らしながら文句を言っているセネトを見たイアン達は、まだまだ使えそうだな…と密かに考えていた。

そして、ミカサを除く――セネトやクリストフ、イアンの3名で村長宅へ向かう事となったのだ。


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