2話:夢魔の刻印

――目を覚ましたセネトは、自分が床の上に俯せで倒れている事に気づく。
キールの術で夢の中に入る際、身体は眠った為にそのまま倒れていたのだろう。
その証拠に、セネトの頭には床でぶつけた時にできたらしいたんこぶがあった。

「いてて…あれ、たんこぶできてるのか」

頭をおさえながら、ゆっくりと起きあがったセネトは辺りを確認する。

(…結界?ベッド周りにはってあるのか、術式に残る気配から察するとジスカのじいさんか。あれ…そういえば、キールとジスカのじいさんは何処へ行ったんだ?)

顔色も戻り、ぐっすりと眠っているセリーヌの周辺に結界がはられているのを眺めたセネトは先ほどから姿の見えない2人を探した。
しかし、部屋のどこにもおらず…首をかしげたセネトは目を閉じ、精神を集中させて2人の気配を探る。

(…今、気配のする場所は――ここから近いな…)

2人らしき居場所を見つけたセネトは目を開けると、部屋を出て廊下を小走りに向かった。
たどり着いたのは大きなふたつ扉のある部屋の前で、もう一度確認するように気配を探ると確信する。

(ここで間違いない…それに微かだけど、あの夢魔の気配もしているな)

セネトがふたつ扉を開くと、そこにはキールとジスカ…それと、半透明ではあるがピンクのドレスを着た金髪に紅い瞳をしたあの夢魔が浮かんでいる。

室内には長椅子がたくさん並び、奥に祭壇もあるのでここは礼拝室なのだろう――
その長椅子のひとつの陰にひそむように座り込むキールとジスカであったが、よく見ると2人共に全身傷を負っているようだった。

「…大丈夫か?キール、ジスカのじいさん…相手は半透明な夢魔だろう?何で、そんなに傷だらけなんだ」

気配を消しつつ2人の元に駆け寄ったセネトに、呆れているキールが答える。

「セネト…やっと起きたのか。まぁ、その件は後だ…お前は気づいてないだろうが、あの夢魔は人を操っている」
「は?人…一体どこに?」

周囲を探ってみるセネトだったが、人の姿や気配すら感じられず首をかしげようとした瞬間――
数個前の長椅子の陰から突然現れた灰色を基調とするシスター服を着た20歳前の娘が、虚ろな瞳をセネトへ向けて襲いかかってきた。
なんとか避けたセネトは彼女の首の後ろに手刀を振り下ろして眠らせ、倒れ込む身体を支えながら床に横たえる。

「び、びっくりした…何だよ、これは?大体、この人の気配なんてまったく感じなかったぞ」
「それはそうだろう、あの夢魔に操られているのだからな…そのせいで気配が隠れているんだろう」

慌てた様子のセネトは何かの術式を床に描いているキールに視線を向けたが、それに答えたのはキールではなく少し顔色を悪くしたジスカだ。
苦しげなジスカは、床に横たわるシスターを見つめながら言葉を続ける。

「っ、本人は自分が何をさせられているのか…まったくわかっていないのはせめてもの救いだがな」
「ジスカのじいさん、大丈夫か!?」

異変に気づき駆け寄ったセネトがジスカの身体に触れると、何か温かく湿った感覚に気づいた。
恐る恐る自分の手を確認したセネトは、思わず眉をひそめる。

「…血?」
「たいした怪我ではない――だが、油断するな。あの娘は…気を失ってなぞいない」

ジスカの腹部には血がにじんでおり、自らの治癒魔法で止血をしながら顎でシスターを指した。

意味が分からないセネトはジスカに聞き返そうと口を開きかけるが、いきなり背後から首を絞められたのでできず……
首を絞める力はあまりないのだが、息苦しい事に変わりないセネトは驚きながら相手を確かめる。
そこには、先ほど眠らせたはずのシスターが無表情なままセネトを見ていた。

「ちょ…っと、何で起きて…?」
「…だから、言ったんだ。その娘は気を失ってはいない、と。わしらも…何度も気を失わせようと、したんだがな」

呆れた表情を浮かべたジスカは、完全に油断していたセネトに視線だけを向ける。
セネトが彼女の身体を肘で打ち、首を絞める力が緩んだ隙に彼女の腕を持って背負い投げた。

「ごほっ…そういう説明は早くしてくれよ、死ぬところだっただろうが!」
「そのくらいでは死なないだろう、お前なら――簡単に死ぬような生命力をしていないと思うが?」

何かの術式を描き終えたらしいキールが、自分の首をさすっているセネトに言う。
キールの言葉に、腹を立てたセネトは術式をシスターに向けて描くと魔力を込めた。

「だから、お前らはおれを何だと思って…ネーメットのじいさんにも言われたけどよ。生まれた時から人間だぞ、おれは!」

術を発動させて、起き上がったシスターに緊縛の魔法をかけて安堵のため息をつく。
それもそのはず、彼女の手にはいつの間にか血で汚れたナイフが握っていたのだから……

「あら、気づいちゃったの?もー少しだったけど、何で気づけたのかしら」

今まで黙って見ているだけだった半透明な夢魔が、くすくすと笑いながらセネトに目を向けた。

「当り前だろーが!お前の事…ちょっとの間、忘れてたぜ。えーっと…この、変わり者の夢魔・・・・・・・!」

思い出したかのように指差したセネトの言葉に、機嫌を悪くした夢魔が小さく舌をだす。

変わり者・・・・って、言わないでくれる!?あたしには、フラーニって名前があるんだからっ!!」

夢魔・フラーニはセネトを睨みながら文句を言うが、セネトはそれを無視すると何かの術を発動させようと準備しているキールに訊ねた。

「…なぁ、どうしておれを起こさなかったんだよ?」
「何を言う…一応、声はかけた。反応がなかったので、頭をはたいてみたが起きなかったぞ」

キールはセネトのたんこぶにデコピンをすると、悪びれた様子もなく答える。
痛みに頭をおさえたセネトは、心の中で文句を言った。

(……あとで覚えておけよ、キール。後で絶対に仕返ししてやる)

この間、存在を無視されていたフラーニは頬を膨らませると口を開く。

「…もぉーいいかな?あたし、そろそろ…本当にムカついてきたんだけど」
「うるさいな…今、こっちの件で忙しいんだ!少し待ってろ!」

キールへの怒りを、何故かフラーニにぶつけたセネトは自分の頭にできているたんこぶを指した。
その言動に、フラーニはさらに腹を立てて文句を言う。

「ひっどーい!あたしとあんたのたんこぶを比べるなんて…あんた、最低よ!」
「最低って、失礼な!おれよりもお前の方がヒドイだろうが…自分の代わりにあの人を操って、攻撃してきただろ!」

動けぬようにしたシスターを指したセネトに、扇子で口元を隠したフラーニは頬を膨らませた。

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