2話:夢魔の刻印

「先に言っておくが…おれは『火魔法』が一番得意なんだ、どうなっても知らないぞ!」

手に持っている火の玉を向けて術式を描きだしたセネトは魔力を込める、と同時にそれを夢魔へ投げつける。

「…爆ぜろ!」

セネトの声に呼応した小さな火の玉が徐々に大きくなり、真っ直ぐ夢魔の元へ飛んではじけた。
驚いた夢魔は持っている扇子で防ごうとする、が勢いは収まらずそのまま扇子に燃え移る。

「っきゃぁ!」

慌てて扇子から手を放した夢魔はむっとした表情を浮かべながら右腕をふって、再び扇子をだした。

「なんなのよ、もう!あんたなんかに…絶対、負けないんだからっ!」

扇子を大きく広げた夢魔の身体がふわふわと浮き上がり、そのままセネトの目の前に移動すると勢いよく扇子を振り下ろす。
防御魔法の結果をはろうとしたセネトだったが、ある事に気づいて慌てたように転がり避けた。

先ほどまでセネトのいた場所に扇子を振り下ろした夢魔だったが、すんでのところで避けられたのを目で追っていたようだ。

「ムカつく…何で逃げるかな?」
「当り前だっ!お前の…それ、扇子の形をした凶器・・・・・・・・・じゃないか!!それで、おれを叩き斬るつもりだっただろーが!」

彼女の持つ扇子を指したセネトは、夢魔を睨みつけた。
それもそのはず…その扇子をよく見てみると、側面が鋭く尖った鉄扇・・だったのだから――

鉄扇で扇ぎながら、夢魔はにっこりと無邪気に微笑んでセネトだけを見ていた。

「だって、あたしの紡ぎだす『夢の世界』にあんた達はいらないもの。消えてもらうには、これが一番でしょう?だから、次は外さない…」
「はい、そーですかって…大人しく斬られてやるやつはいないだろ!この――」

笑みを浮かべている夢魔に向けて、2つの術式を描きだしたセネトが瞬時に魔力を込める。

「……すべてを焼き尽くす炎風の刃よ!」

魔力を込めた2つの術式を夢魔に向けたセネトが短く詠唱し終えると、術式から炎を纏った風の刃が現れた。
かざしていた手をさっと左へ振ると、炎風の刃は余裕な様子の夢魔に向かって飛んでいく。

「だから…こんなもの、あたしには届かないって言ってるでしょう!」

大きく広げた鉄扇で術式を描きだし、魔力を込めて防ごうとするも…何故か、魔法は発動しない。
驚愕している夢魔は、鉄扇を盾にして炎風の刃を受け止めた。

なんとか耐えきった夢魔だったが鉄扇は壊れた上に夢魔の着ていたピンクのドレスもあちらこちら焦げ切れ、白い肌には無数の赤い傷が刻まれていた。
苦痛に歪んだ表情を浮かべた夢魔はセネト…ではなく、しゃがみ込んでいるキールを睨みつける。

「あんた…今、何をやったの!?」
「…夢術を使って、術の無効化を施しただけだが?」

夢魔の疑問に答えて立ち上がったキールはセネトに顎で合図を送った後、縛られているセリーヌの元に向かって歩きだした。
何の合図なのか…はじめはわからなかったセネトだったが、すぐにその意図に気づく。

(あー…そういう事か。もしかして、おれ…今回、ほとんどサポートだけでもよかったんじゃないか?)

心の中で独り愚痴るセネトであったが頼まれた事は忘れず、術式を描きだすと魔力を込めていつでも発動できるようにした。

「ち、ちょっと…それに触らないでよ!」

慌てたように叫んだ夢魔は、セリーヌを救出しようとしているキールへ向けて新たにだした鉄扇を投げつけようとする。
…だが、それを阻止しようとセネトが術式からだした風の刃で無防備な夢魔をさらに切りつけた。

「きゃあぁ!!」

悲痛な叫び声をあげて床にうずくまった夢魔は、そのまま姿が薄らいでいくとそのまま見えなくなった。
周囲を見渡したセネトは安堵したように息をつくとセリーヌを無事救出したキールのそばへと行く。

「…消えた?とりあえず、あの夢魔はどこかへ行ったみたいだな…」
「あぁ、この子も無事だ。今回の目的ひとつは達成…といったところだな」

気を失ったように眠るセリーヌの額に小さな術式を描いたキールは、光に包まれて消えていく彼女の身体を見つめて息をついた。

「とりあえず、ここであまり暴れないでくれて助かった。本当に…」
「…何か引っかかる言い方をするな、お前…ところで、さっきの無効化がどうとか言ってただろう?何時いつしたんだ…?」

自分の肩に手を置いたキールを軽く睨みつけたセネトは、腕を組むと訊ねる。
現実へ戻る為の術式を描いているらしいキールが、険しい顔つきで答えた。

「アレはお前が夢魔とやり合っている間に、な。夢術を使って、術封じをしただけ――それよりも、少しまずいかもしれない」
「何がだ?ジスカのじいさんもいるし、大丈夫じゃないのか?」

首をかしげるセネトの言葉を無視したキールは、術式に魔力を込めて発動させる。
セネトとキールの身体を光が包み込み、夢の世界から消えていった……



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