0話:世界の舞台裏から
――廃墟と化した街の、ほぼ中央にある大きな屋敷。
他の建物同様にところどころ瓦礫と化している、その屋敷の一室。
蝋燭の明かりで照らされた部屋の中、一人の男が椅子に座ると本を読んでいた。
不意に…パタン、と閉じられる本。
その男は椅子から立ち上がると手に持つ本を、蝋燭の炎にかざして火を点けた。
赤々と燃え上がる本を見つめる金色の瞳は細められ、その表情は限りなく冷たい。
金色の瞳の男が燃える本から手を放すと、本は灰になりながら石の床の上に落ちた。
床の上に落ちた本 は、小さな炎の明かりを灯しながら燃えていく……
「…火事になるよ?」
いつの間に訪問者があったのか…小さな足音を響かせ、蝋燭の明かりで照らされた室内に入ってきた。
音もなくやって来た訪問者を金色の瞳で冷たく一蹴すると、再び椅子に腰掛ける。
訪問者は金色の瞳の男の様子に苦笑しつつ、何故かテーブルの上に座った。
そして、自分の長い髪に結んだ長いリボンをいじりながら金色の瞳の男に声をかける。
「久しぶりに会うからさ…ワインを持ってきたよ」
テーブルに座っている訪問者は微笑みを浮かべながら、隣にワインボトルを置いた。
置かれたボトルに貼られたラベルをよく見てみると、数百年前に作られたもののようだ。
金色の瞳の男がテーブルに置かれたボトルを一瞬で確認した後、何も言わずに窓の外へ視線を向けた。
――テーブルに座っている、最初の訪問者がやって来てから数十分後。
夜の闇以外何もない窓辺に月の薄明るい光が差す…と、同時に人影が立った。
ゆっくりとした足取りで部屋に入ってくると、蝋燭の明かりでその正体が明らかとなり…その人物が一人ではなく、その腕に小柄な少女を抱きかかえている事がわかる。
窓からの訪問者は、ピンクを基調としたドレスに身を包んでいる少女と青いコートを着ている男だ。
「………」
少女は無言のまま目を閉じており、まるで眠っているかのようにも人形のようにも見えた。
静かに椅子に腰掛ける形で下ろされると、少女はゆっくりと瞼を上げて小さく息をつく。
青いコートを着た男は少女が座る椅子の傍らに立ち、金色の瞳の男に声をかけた。
「我らが最後だろう、と思っていたのだが…まだ全員揃っていなかったのだな」
「約束の時間はまだだからな…残りの者達も、もうじき来るだろう」
金色の瞳の男はさして興味なさそうに答え、冷たい石の床に視線を下ろす。
テーブルに座っている最初の訪問者は、椅子に座る少女とその傍らに立つ青いコートを着た男を見ながら楽しそうに声をかけた。
「そういえば…君達2人が、いつも最後に来るのが当たり前だったもんね。今回は珍しいケース、って事かな?」
「…否定はしないが、いつの間に当たり前 になっていたのだ?」
青いコートを着た男は気分を害した様子もなく、笑いを含んだ声で言葉を続ける。
「我らは時間通りにいつも来ているぞ…そもそも、お前達が早く来すぎているだけだろう?」
「ははは、そういうつもりはないんだけどね。ただ、そう思っただけだよ…それに今回は時間に遅れると文句を言う人と、すぐ怒る人が最後だからね~」
最初の訪問者は、ワインボトルを抱きかかえながらクスクスと笑った。
その『文句を言う人』と『怒る人』の2人がいないので言いたい放題だ。
椅子に座っている少女と金色の瞳の男は楽しそうな2人の会話に、静かに耳を傾けていた。
「随分と楽しそうだ…何か良い事でもあったのですか?」
ガチャリと開けられたら扉にすがる形で、いつの間にか黒髪の男が立っていた。
部屋が薄暗い為か、黒髪の男の表情を確認する事はできない。
彼の声を聞いた最初の訪問者は、誤魔化すように笑みを浮かべた表情のまま答えた。
「いやいや、別に。それよりもさ…遅かったね?」
「俺は、いつも通りに来ていたんですが……少々、厄介事に巻き込まれてしまっていたので――」
そう語った黒髪の男は、ちらりと懐中時計をだしながら部屋の中へと入る。
時刻を確認し、小さく舌打ちをすると懐中時計を上着のポケットにしまった。
「ああ、そうだ…遅れたからといって、文句を言ったつもりはありませんよ。ただ、次は気をつけるように…と注意したつもりなんですが」
「ちぇ…聞いてたのか~」
黒髪の男の言葉に、最初の訪問者はうなだれると苦笑する。
「だったら、早く声をかけてくれればいいのに」
「何やら楽しそうだったので聞いていただけですよ…それはそうと――」
黒髪の男は最初の訪問者の傍らに来ると、その手からワインボトルを取り上げてラベルを確認した。
「このワイン…かなり良いもののようですね、数百年ものですか」
優しい微笑みを浮かべたまま、最初の訪問者に目を向ける。
…だが、よく見るとその目は笑っていない。
「これと同じもの を、俺も持っていたのですが…数年前、屋敷から何故か消えたんですよ。それも良いものばかりが…これは、その消えたワインのうちの1本ですね?」
「……な、なんの事かな?はは、ははは……」
最初の訪問者は、必死に誤魔化そうと黒髪の男の痛い視線に耐えながら笑っていたが…――
「…って、1本や2本くらいいいじゃないか。ワインがぼくを呼んでいたんだ!」
耐えかねて、ついには自白してしまう。
彼の自白を聞いた黒髪の男は、呆れたように息をついた。
「なるほど…犯人は、お前だったか」
事の成り行きを見守っていた青いコートを着た男が、楽しそうに笑う。
「我の所からもいくつか…まあ、わかっていたのでいいのだがな」
「…うん。いい…それよりも『すぐ怒る人』が来たみたい…」
今まで黙っていた少女が、ゆっくりとした動きで窓辺の方を指差した。
部屋に集まっている一同は少女が指差す場所へ視線を向けると、黒い服を着た男が静かに窓辺に立っていたのだ。
月明かりでわかりにくいが、その黒い服は血で汚れているようだった。
黒い服を着た男は、少女に視線を向けながら少しムッとしたように訊ねる。
「誰が…『すぐ怒る人』なんだい?そもそも、誰が初めに言ったのかを知りたいな」
窓辺に立っていた黒い服を着た男は、腕を組ながら少女の座る椅子の後ろ――青いコートを着た男の隣に行くと、視線だけを最初の訪問者に向けた。
「…バレバレのようですよ?」
その視線の意味に気づいた黒髪の男が苦笑混じりに、最初の訪問者に囁く。
「早めに謝罪した方が良いですよ?意外にネチっこいですから…」
「…ちぇ。味方は誰もいないんじゃな~…ごめん」
集まっている者達を見まわした最初の訪問者は頭を下げるが、黒い服を着た男はまだ少しムッとした表情を浮かべたままだ。
「そろそろ、本題に入ったらどうだ?時間が惜しい…」
今まで皆の様子を静かに見ていたらしい金色の瞳の男は、少しイライラとしているのか…コツコツと自身が座る椅子の肘掛けを指で叩いていた。
「相変わらず…ですね」
苦笑した黒髪の男は、黒い服を着た男の方に視線を向ける。
その視線に気づいた黒い服を着た男は頷くと、集まった一同を見ながら口を開いた。
「――今宵も集まったのだ…我らのこれからを。そして、大切なものを取り戻す為に…」
その声は、凛とした音で響きわたるのだった。
――夜の帳が降ろされた世界は、闇に生きる眷族達の時間。
数百年前に起こった≪夜の眷族≫達との戦いは、3人の退魔士の力によって≪夜の眷族≫の王が討ち滅ぼされて終わった。
この出来事は伝説として残ったが、その時あった哀しい出来事は残らずに消えた……
…忘却したのは人々だけ。
≪夜の眷族≫達は、憎悪の念を抱きながら永い時を過ごしてきた。
王が討たれても、≪夜の眷族≫は人々にとって脅威のままとなっていた。
***
他の建物同様にところどころ瓦礫と化している、その屋敷の一室。
蝋燭の明かりで照らされた部屋の中、一人の男が椅子に座ると本を読んでいた。
不意に…パタン、と閉じられる本。
その男は椅子から立ち上がると手に持つ本を、蝋燭の炎にかざして火を点けた。
赤々と燃え上がる本を見つめる金色の瞳は細められ、その表情は限りなく冷たい。
金色の瞳の男が燃える本から手を放すと、本は灰になりながら石の床の上に落ちた。
「…火事になるよ?」
いつの間に訪問者があったのか…小さな足音を響かせ、蝋燭の明かりで照らされた室内に入ってきた。
音もなくやって来た訪問者を金色の瞳で冷たく一蹴すると、再び椅子に腰掛ける。
訪問者は金色の瞳の男の様子に苦笑しつつ、何故かテーブルの上に座った。
そして、自分の長い髪に結んだ長いリボンをいじりながら金色の瞳の男に声をかける。
「久しぶりに会うからさ…ワインを持ってきたよ」
テーブルに座っている訪問者は微笑みを浮かべながら、隣にワインボトルを置いた。
置かれたボトルに貼られたラベルをよく見てみると、数百年前に作られたもののようだ。
金色の瞳の男がテーブルに置かれたボトルを一瞬で確認した後、何も言わずに窓の外へ視線を向けた。
――テーブルに座っている、最初の訪問者がやって来てから数十分後。
夜の闇以外何もない窓辺に月の薄明るい光が差す…と、同時に人影が立った。
ゆっくりとした足取りで部屋に入ってくると、蝋燭の明かりでその正体が明らかとなり…その人物が一人ではなく、その腕に小柄な少女を抱きかかえている事がわかる。
窓からの訪問者は、ピンクを基調としたドレスに身を包んでいる少女と青いコートを着ている男だ。
「………」
少女は無言のまま目を閉じており、まるで眠っているかのようにも人形のようにも見えた。
静かに椅子に腰掛ける形で下ろされると、少女はゆっくりと瞼を上げて小さく息をつく。
青いコートを着た男は少女が座る椅子の傍らに立ち、金色の瞳の男に声をかけた。
「我らが最後だろう、と思っていたのだが…まだ全員揃っていなかったのだな」
「約束の時間はまだだからな…残りの者達も、もうじき来るだろう」
金色の瞳の男はさして興味なさそうに答え、冷たい石の床に視線を下ろす。
テーブルに座っている最初の訪問者は、椅子に座る少女とその傍らに立つ青いコートを着た男を見ながら楽しそうに声をかけた。
「そういえば…君達2人が、いつも最後に来るのが当たり前だったもんね。今回は珍しいケース、って事かな?」
「…否定はしないが、いつの間に
青いコートを着た男は気分を害した様子もなく、笑いを含んだ声で言葉を続ける。
「我らは時間通りにいつも来ているぞ…そもそも、お前達が早く来すぎているだけだろう?」
「ははは、そういうつもりはないんだけどね。ただ、そう思っただけだよ…それに今回は時間に遅れると文句を言う人と、すぐ怒る人が最後だからね~」
最初の訪問者は、ワインボトルを抱きかかえながらクスクスと笑った。
その『文句を言う人』と『怒る人』の2人がいないので言いたい放題だ。
椅子に座っている少女と金色の瞳の男は楽しそうな2人の会話に、静かに耳を傾けていた。
「随分と楽しそうだ…何か良い事でもあったのですか?」
ガチャリと開けられたら扉にすがる形で、いつの間にか黒髪の男が立っていた。
部屋が薄暗い為か、黒髪の男の表情を確認する事はできない。
彼の声を聞いた最初の訪問者は、誤魔化すように笑みを浮かべた表情のまま答えた。
「いやいや、別に。それよりもさ…遅かったね?」
「俺は、いつも通りに来ていたんですが……少々、厄介事に巻き込まれてしまっていたので――」
そう語った黒髪の男は、ちらりと懐中時計をだしながら部屋の中へと入る。
時刻を確認し、小さく舌打ちをすると懐中時計を上着のポケットにしまった。
「ああ、そうだ…遅れたからといって、文句を言ったつもりはありませんよ。ただ、次は気をつけるように…と注意したつもりなんですが」
「ちぇ…聞いてたのか~」
黒髪の男の言葉に、最初の訪問者はうなだれると苦笑する。
「だったら、早く声をかけてくれればいいのに」
「何やら楽しそうだったので聞いていただけですよ…それはそうと――」
黒髪の男は最初の訪問者の傍らに来ると、その手からワインボトルを取り上げてラベルを確認した。
「このワイン…かなり良いもののようですね、数百年ものですか」
優しい微笑みを浮かべたまま、最初の訪問者に目を向ける。
…だが、よく見るとその目は笑っていない。
「これと同じ
「……な、なんの事かな?はは、ははは……」
最初の訪問者は、必死に誤魔化そうと黒髪の男の痛い視線に耐えながら笑っていたが…――
「…って、1本や2本くらいいいじゃないか。ワインがぼくを呼んでいたんだ!」
耐えかねて、ついには自白してしまう。
彼の自白を聞いた黒髪の男は、呆れたように息をついた。
「なるほど…犯人は、お前だったか」
事の成り行きを見守っていた青いコートを着た男が、楽しそうに笑う。
「我の所からもいくつか…まあ、わかっていたのでいいのだがな」
「…うん。いい…それよりも『すぐ怒る人』が来たみたい…」
今まで黙っていた少女が、ゆっくりとした動きで窓辺の方を指差した。
部屋に集まっている一同は少女が指差す場所へ視線を向けると、黒い服を着た男が静かに窓辺に立っていたのだ。
月明かりでわかりにくいが、その黒い服は血で汚れているようだった。
黒い服を着た男は、少女に視線を向けながら少しムッとしたように訊ねる。
「誰が…『すぐ怒る人』なんだい?そもそも、誰が初めに言ったのかを知りたいな」
窓辺に立っていた黒い服を着た男は、腕を組ながら少女の座る椅子の後ろ――青いコートを着た男の隣に行くと、視線だけを最初の訪問者に向けた。
「…バレバレのようですよ?」
その視線の意味に気づいた黒髪の男が苦笑混じりに、最初の訪問者に囁く。
「早めに謝罪した方が良いですよ?意外にネチっこいですから…」
「…ちぇ。味方は誰もいないんじゃな~…ごめん」
集まっている者達を見まわした最初の訪問者は頭を下げるが、黒い服を着た男はまだ少しムッとした表情を浮かべたままだ。
「そろそろ、本題に入ったらどうだ?時間が惜しい…」
今まで皆の様子を静かに見ていたらしい金色の瞳の男は、少しイライラとしているのか…コツコツと自身が座る椅子の肘掛けを指で叩いていた。
「相変わらず…ですね」
苦笑した黒髪の男は、黒い服を着た男の方に視線を向ける。
その視線に気づいた黒い服を着た男は頷くと、集まった一同を見ながら口を開いた。
「――今宵も集まったのだ…我らのこれからを。そして、大切なものを取り戻す為に…」
その声は、凛とした音で響きわたるのだった。
――夜の帳が降ろされた世界は、闇に生きる眷族達の時間。
数百年前に起こった≪夜の眷族≫達との戦いは、3人の退魔士の力によって≪夜の眷族≫の王が討ち滅ぼされて終わった。
この出来事は伝説として残ったが、その時あった哀しい出来事は残らずに消えた……
…忘却したのは人々だけ。
≪夜の眷族≫達は、憎悪の念を抱きながら永い時を過ごしてきた。
王が討たれても、≪夜の眷族≫は人々にとって脅威のままとなっていた。
***