2話:夢魔の刻印
孫であるセリーヌの部屋の扉を開けたジスカは、棚の上に置かれたキャンドル台を手に持つと蝋燭に魔法で火を点らせる。
室内は蝋燭の明かりが点っているのに、全体的に暗い雰囲気であった。
ジスカは持っていたキャンドル台を、寝台のそばに備え置かれているチェストの上に置く。
「…この子が、わしの孫のセリーヌだ」
寝台で眠っていたのは6歳くらいの、桃色の長い髪をした少女だった……
静かな寝息をたてて眠る少女の顔色は、うす暗い中でも悪いように見える。
「わしが半日留守をしている間に、この子は夢魔の視せる夢に捕らわれてしまってな」
深く眠る少女・セリーヌの額を優しく撫でると、何が起こったのか…その詳細を語りはじめた。
今から数か月前…オラトリオ教団の本部へ所用でいっている間、留守番をしていたセリーヌに夢魔が憑いたらしい。
戻ってきたジスカがセリーヌの部屋を訪れると、彼女は寝台で横になったまま反応がなかったそうだ。
何とかセリーヌに憑いている夢魔を追い払おうとしたジスカだったが、それは叶わず……
なので、古くからの友人であるエトレカに連絡して協会へ正式に依頼を出したのだ。
それでやって来たのが、双子の兄妹・ソーシアンであったのだが――
そこまで話すと、ジスカは深いため息をついた。
ジスカの隣に立ったキールは、そっと少女を診察しながら言う。
「ソーシアン兄妹と、この夢魔の波長が合ってしまった結果でしょう…偶然であったようだが。セリーヌさんは、だいぶ衰弱してはいますが夢魔さえどうにかできればすぐに回復するはずです」
キールの言葉に、ジスカは安堵したような表情を浮かべ頷いた。
そんな2人の向かいで、セネトは大きくため息をつく。
「偶然で下級の夢魔のみなさん、ようこそいらっしゃい状態は嫌だな。というか――本当は、あの双子の方が"トラブルメーカー"じゃないのかよ」
セネトの呟きに、キールとジスカは同じ事を考えた。
――そうかもしれないが、でも一番相応しいのは…やはり、セネトだろう。
そんな事を考えられているとは、露程も思っていないセネトがゆっくりと腰を左右に捻りながら準備運動をはじめた。
「夢魔さえどうにかできれば、その子は回復するんだろう?さくっと終わらせようぜ、な!」
「…珍しくセネトがやる気になっているようだしな、はじめるか」
やる気満々のセネトに、キールは眠っている少女の額に手をかざした。
キールの言葉に何か引っかかりを感じたセネトは、むっとしながらキールを軽く睨みつけている。
「珍しくって、失礼な!これでも、毎回きちんと丁寧にやってるぞ」
「…本当に、きちんと丁寧にやっている ならばいいんだがな。よし、大丈夫そうだな…セネト、私の手に触れろ――この子の夢の中に入る」
下準備を終えたらしいキールがセネトへ向けて手を差し出すと、未だむっとしたままのセネトは言われるがままにその手に触れた。
セネトが手に触れるとキールは、少女の額の上に術式をひとつ描きだす。
(ふーん…はじめて見たけど、これがメイリーク家の者に代々伝わるという『夢術』…か)
キールの描きだした術式を見たセネトは、興味深そうに術式の構成を読み解こうとしていた、が半分も読み解けず。
「難しい構成なんだな、メイリーク式の術式って…」
「まぁ…独特な構成だからな。だが、お前の家に伝わるものも独特だろう…?」
首をかしげているセネトに、キールは苦笑混じりに答えた。
フローラント退魔士国の礎を作ったといわれる3人の退魔士の血を引く――ユースミルス家、メイリーク家、セイドロード家の各家には代々伝えられている秘術がある。
血族以外の者が簡単に扱う事ができぬように、秘術は複雑で独特な組まれ方をしているので読み解きにくいのだ。
自分の家に伝わっている秘術は何度も見た事のあるセネトだったが、他の家に伝わるものを今回はじめて間近で見たらしい。
「…そうだけどな。ちょっとは知っておいた方がいいかなー、って思ってな」
「今、学ぶな…まったく。なら、今度セイドロード家のものも見せてもらっておけよ」
セネトの言葉に、呆れたキールは描きだした術式に魔力を込めた。
術式が淡い紫色に輝いて術者であるキールとセネトを包み、2人の視界は光によって覆い隠されていく。
それを見守っているジスカは、祈るように呟いた。
「…頼んだぞ――」
***
室内は蝋燭の明かりが点っているのに、全体的に暗い雰囲気であった。
ジスカは持っていたキャンドル台を、寝台のそばに備え置かれているチェストの上に置く。
「…この子が、わしの孫のセリーヌだ」
寝台で眠っていたのは6歳くらいの、桃色の長い髪をした少女だった……
静かな寝息をたてて眠る少女の顔色は、うす暗い中でも悪いように見える。
「わしが半日留守をしている間に、この子は夢魔の視せる夢に捕らわれてしまってな」
深く眠る少女・セリーヌの額を優しく撫でると、何が起こったのか…その詳細を語りはじめた。
今から数か月前…オラトリオ教団の本部へ所用でいっている間、留守番をしていたセリーヌに夢魔が憑いたらしい。
戻ってきたジスカがセリーヌの部屋を訪れると、彼女は寝台で横になったまま反応がなかったそうだ。
何とかセリーヌに憑いている夢魔を追い払おうとしたジスカだったが、それは叶わず……
なので、古くからの友人であるエトレカに連絡して協会へ正式に依頼を出したのだ。
それでやって来たのが、双子の兄妹・ソーシアンであったのだが――
そこまで話すと、ジスカは深いため息をついた。
ジスカの隣に立ったキールは、そっと少女を診察しながら言う。
「ソーシアン兄妹と、この夢魔の波長が合ってしまった結果でしょう…偶然であったようだが。セリーヌさんは、だいぶ衰弱してはいますが夢魔さえどうにかできればすぐに回復するはずです」
キールの言葉に、ジスカは安堵したような表情を浮かべ頷いた。
そんな2人の向かいで、セネトは大きくため息をつく。
「偶然で下級の夢魔のみなさん、ようこそいらっしゃい状態は嫌だな。というか――本当は、あの双子の方が"トラブルメーカー"じゃないのかよ」
セネトの呟きに、キールとジスカは同じ事を考えた。
――そうかもしれないが、でも一番相応しいのは…やはり、セネトだろう。
そんな事を考えられているとは、露程も思っていないセネトがゆっくりと腰を左右に捻りながら準備運動をはじめた。
「夢魔さえどうにかできれば、その子は回復するんだろう?さくっと終わらせようぜ、な!」
「…珍しくセネトがやる気になっているようだしな、はじめるか」
やる気満々のセネトに、キールは眠っている少女の額に手をかざした。
キールの言葉に何か引っかかりを感じたセネトは、むっとしながらキールを軽く睨みつけている。
「珍しくって、失礼な!これでも、毎回きちんと丁寧にやってるぞ」
「…本当に、
下準備を終えたらしいキールがセネトへ向けて手を差し出すと、未だむっとしたままのセネトは言われるがままにその手に触れた。
セネトが手に触れるとキールは、少女の額の上に術式をひとつ描きだす。
(ふーん…はじめて見たけど、これがメイリーク家の者に代々伝わるという『夢術』…か)
キールの描きだした術式を見たセネトは、興味深そうに術式の構成を読み解こうとしていた、が半分も読み解けず。
「難しい構成なんだな、メイリーク式の術式って…」
「まぁ…独特な構成だからな。だが、お前の家に伝わるものも独特だろう…?」
首をかしげているセネトに、キールは苦笑混じりに答えた。
フローラント退魔士国の礎を作ったといわれる3人の退魔士の血を引く――ユースミルス家、メイリーク家、セイドロード家の各家には代々伝えられている秘術がある。
血族以外の者が簡単に扱う事ができぬように、秘術は複雑で独特な組まれ方をしているので読み解きにくいのだ。
自分の家に伝わっている秘術は何度も見た事のあるセネトだったが、他の家に伝わるものを今回はじめて間近で見たらしい。
「…そうだけどな。ちょっとは知っておいた方がいいかなー、って思ってな」
「今、学ぶな…まったく。なら、今度セイドロード家のものも見せてもらっておけよ」
セネトの言葉に、呆れたキールは描きだした術式に魔力を込めた。
術式が淡い紫色に輝いて術者であるキールとセネトを包み、2人の視界は光によって覆い隠されていく。
それを見守っているジスカは、祈るように呟いた。
「…頼んだぞ――」
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