2話:夢魔の刻印

「――…で、報告書はどうしましたか?」

フローラント退魔士国の中央にある退魔士協会本部、そのいくつかある建物の一つ――
日当たりの良い最上階にある部屋の主である銀髪の青年が、デスクの上に座っていた。

微笑んでいる銀髪の青年は、目の前に立っている赤灰色の髪の青年を見ている。

「セネト…あなたたっての希望で、特別に・・・一人で仕事をさせてあげたんですよ。その報告書は…?」
「確かに、そう希望したけどな。簡単なもので、一人でやれて…前回分の、半減したノルマ分を補えるやつをってな。でも、何で教団内に現れた魔物――しかも、"ナガミミ"っていうウサギみたいな魔物の子供を森に帰すだけなんだよ!」

赤灰色の髪をした青年・セネトが怒りながら、銀髪の青年を指差した。
呆れている銀髪の青年は、セネトの目をしっかりと見る。

「――"オラトリオ教団"からの、直々の指名だったんですよ。先日、アルノタウムにある墓地を破壊したからでしょうね…おそらくは」

深くため息をついて真面目な面持ちで、銀髪の青年が言葉を続けた。

「ネーメット殿に頼まれたので、今回はなんとかこれでチャラにしてあげようと思ったんですよ」
「ネーメットのじいさん…おれも頑張ったかいがあったよ。まぁ、ネーメットのじいさんも年だし…おれが体力の落ちているであろうネーメットのじいさんの分もやらないと、と思ってな」

セネトの言葉に銀髪の青年は口元をひきつらせて、何やら満足げなセネトの喉元を持っていた杖でひと突きする。

「うっ…ぐほっ……」
「よーくわかりました…あなたが今言った言葉を、すべてネーメット殿に伝えておきます」

苦しんでいるセネトを無視してにっこりと笑みを浮かべた銀髪の青年に、セネトは咳込みながら睨んだ。

「ごほっ、ごほっ……ったく、なんて上司だよ。自分の部下に暴力か、クリストフ」
「知ってますか、セネト?自業自得と言うんですよ、こういうのは…それよりも、僕が今欲しいのは報告書です。さぁ、早く出しなさい」

ため息をついた銀髪の青年・クリストフが、セネトに向けて手を差し出しながら催促する。
…だが、その手を払いのけたセネトは自信ありげに答えた。

「ない!そんなに欲しければ、自分で書けばいいだろう?いつもみたいに…」
「…………そうですか」

静かに言ったクリストフは杖を左手でしっかり握りしめると、ゆっくり立ち上がって杖の先を右手にあてながら詠唱をはじめる。
さすがのセネトも本能的にヤバいと気づき、慌てて謝罪した。

「い、いや…さっきのは冗談だって、これから10分以内に書くよ。すぐに…」

しかし、クリストフはセネトの謝罪の言葉を黙殺して杖の先端を彼に向ける。
そこに術式が浮かび上がると、微笑んだクリストフが魔力を込めた。

「…この件は、あなたのお父上であるユースミルス卿に報告します。吹き飛べ、この大バカ者がっ!!」

術を発動させて勢いよく杖を振ると、術式から生み出された風の塊はセネトの目の前で消え…すぐに竜巻となって現れる。

「ちょ…まっ…」

爆発音と共に巻き上げられたセネトの身体は天井を突き破って、叫び声を本部中に響き渡らせながら飛んでいった。
…セネトが巻き上げられた時にできた天井の大きな穴を見上げて、クリストフは大きなため息をつく。

(まったく、何度やればわかるんでしょうかね。大体、それで呼びだされるのは僕なんですよ?はぁ…またセネトの、あのバカの代わりに書かなければ…)

再び大きなため息をついて、デスクの上に落ちている瓦礫を払いのけた。

――実は言うと、報告書を提出する期限がいつもより短かった為とっくに過ぎており…このままでは、上司であるクリストフに何らかのペナルティーが課せられるだろう。
それと、監督責任を一緒に問われる可能性もあった。

(あと5分以内で…書いて持っていかなければ、やはりまずいですよね…)

レポート用紙を引き出しから出すと同時に、扉をノックする音が聞こえてくる。

クリストフが返事をすると、入室してきたのは車椅子に座った淡い茶色の髪をした少女だ。
少女は荒れ果てている部屋をゆっくりと見回して、驚きながら上司であるクリストフに声をかけた。

「失礼します、クリストフ様…あの、何かすごい事になっているんですが…?」
「…大バカ者・・・・を一人、仕置きしただけなので気にしないでください。報告書、ですか?」

何でもないというように首を横にふるクリストフが、微笑みながら少女に訊ねた。
少女は小さく頷いてから、持ってきた報告書を差しだす。

「ぇ、はい…昨日の報告書を持ってきました」
「ありがとう、あなたはいつも期限を守ってくれるので本当に助かります。今日は、ゆっくり休んでくださいね」

差しだされた報告書を受け取ったクリストフは、少々困惑気味な少女を労った。

――ここだけの話…クリストフの部下の中で、期限を守っているのは目の前にいる少女の他に数えるほどしかいない。
おかげで、そのしわ寄せはすべて上司であるクリストフにきているのだ……

少女が頭を下げて退出するのを、笑顔で見送る。
扉が閉じられた後、壁にかけてある時計を見てから小さく息をついた。

(…もう時間がない、か。はぁ…)

瓦礫の乗っている椅子をきれいにし、腰をかけたクリストフは諦めた様子で報告書を書きはじめた――


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