1話:嘆きの墓標

微笑みを浮かべたカトリが、次なる術を紡ぎだそうと術式を描きはじめる。
その術式を読み取ったセネトは、少々うんざりしたように呟いた。

「次は『水』魔法か、どれだけ魔力を持ってるんだよ。というか、さっきから高度な術ばっかり使ってるけど疲れないのか?」
「さぁ…のぅ。何せ、本人は何の感覚もないから――疲れなぞ、しておらんのじゃろう」

床に剣を刺したネーメットは、防御魔法の結界を用意しようと術式を描く。
セネトも、とりあえずネーメットと同じ防御魔法の術式を描こうとした時――グラハムと手を重ねたままのハミルトが口を開いた。

「多分、カトリの魔力だけじゃない。背後で術者が力を貸しているんだろうね…」
「なるほど、ね…で、お前らは何をする気だ?あまり見ない術式みたいだし…」

納得したように頷いたセネトは、ハミルトとグラハム2人が何をしようとしているのかを訊ねる。
苦笑したハミルトは、セネトの問いに答えた。

「…まぁ、見た事がないのは――私とグラハムで作っている途中のものだからね。攻撃には向いてない、目くらまし位にしかならないものだけど…」
「これなら…カトリや背後にいるやつの気を引く事ができるから、きみは思いっきりどうぞ?」

少し俯いて、おどおどした様子でグラハムは言う。
それを聞いたセネトは嬉しそうに、腕を回しながら準備運動をはじめた。

「ま、好きにはさせてもらうけど…」
「だからとゆーて、本当に好き勝手するでないぞ…」

ネーメットはもう何十度目になるのかわからないため息をついて、セネトの耳を引っ張りながら釘をさしておく。
引っ張るネーメットの手を払いのけたセネトが、床に刺してある『ネーメットの剣』を手にした。

「いてて…わかってるって。これ以上、暴れなければいいんだよな――って事で、この剣を借りるぞ」

そして、セネトはタイミングを計るようにハミルトとグラハムの方を見ながら剣を構える。
セネトの視線の意味に気づいたハミルトがグラハムに声をかけると、2人は重ねていた手を放して術を発動させた。

「――…全てを惑わす霧よ、我らを守る盾となれ!"ミスト・フロスト"」

2人の声に呼応した術式から霧が発生し、それは室内を覆い隠してしまう。
何も見えぬ状況にセネトは剣を肩にのせると、室内を見回しながらため息をついた。

「思いっきりどうぞ――と言いながら、視界ゼロじゃないか。しょうがない、自力で探し当てるとするか…」

面倒そうに言ったセネトは剣を構え直すと、カトリの位置を知る為にその気配を探りはじめる。

視界を遮る白い霧を消そうとするカトリだったが、どうやっても消えぬ霧を生気のない瞳で見つめながら首をかしげていた。

そんな彼女の位置と、どうやら完全に方向感覚を失っているらしい状況に気づいたセネトは呟く。

「さて…そろそろ終わりにするか」

視界ゼロの中、セネトはカトリのそばへ走り寄ると間合いを取った。
すぐそばまで近づいてきたセネトの存在にカトリは右手を上げ、術式を描きだすと魔力を込める。

「…荒れ落ちろ!」

カトリの詠唱に呼応した術式から、セネトに向かって雷撃が襲いかかってきた。
それを避ける為にセネトは持っていた剣を斜め上方向へ投げ、大きく飛んで宙返りして着地すると愚痴をこぼす。

「…ここで、あいつのお仕置き・・・・経験が役にたつとは思わなかったな。何か…少しやりきれないが、もう休むんだな」

いつも上司にされている罰を思い浮かべ苦笑したセネトは回転しながら戻ってきた剣を取り、再び間合いをつめてそのままカトリの身体に斬り込んだ。
斬られたところからカトリの身体が砂となり、さらさらと崩れ…外から流れ込む風にのって舞っていく。

風で舞う少女の破片の中、カトリの本当の――優しげな微笑みを、その時セネトは見た気がした。

「…終わったようじゃの、セネト。あとは、元凶となる術者を探さねば…」

霧がひいていく中、セネトのそばにやって来たネーメットが言う。
借りていた剣をネーメットに返したセネトは、ため息をつきながら頷いた。

「あぁ…まだ姿を現してないやつだろ?」

ゆっくりと周囲を探ったセネトは、ある一点――
目を閉じて俯いているハミルトと、彼にしがみつき泣いているグラハムの背後にある一本の柱へと意識を向ける。

セネトが何かを見つけたと気づいたネーメットも、そこへ視線を向けた。
ハミルトとグラハムの背後にある柱…そこから、微かに感じ取れる魔力の気配――

この場にいる者達とは明らかに違う魔力、黒く重たいような負の気配が感じられた。

「隠れていないで、とっとと姿を現したらどうだ!」

術式を描きだしたセネトが魔力を込めると、術式そこから火の矢が現れ…何者かが潜んでいるであろう柱へ飛んでいき、付近の壁もろとも粉々に破壊する。
周囲に欠片が飛び散り、砂煙があがる中――4人のものとは違う、呆れるような声が聞こえてきた。

「ったく…ヒデー事しやがるな。せっかく、これからオモシレー事になるってのによぉ…邪魔しやがって」

全身についた砂埃を落としながら、セネトが破壊した柱の影から赤い髪をした男は姿を現す。
セネトはいつでも行動できるよう構えながら、赤髪の男を睨みつけて訊いた。

「…何が、面白いんだ?」

セネトの言葉に、赤髪の男は本当に面白くないというように頭をかきながら舌打ちをする。

「まぁ、多少話が変わっちまうが――退魔士を誘いだせただけ良し、とするか。仕方ねーが…」
「一体、誰が考えたのか知らぬが…本当の冒涜者はおぬしか?それに…どうやら、お前さんは吸血鬼じゃな。それも、高位の――」

赤髪の男を観察して気づいたネーメットは、剣を構えた。
それにセネトは同意するように頷くと、相手に気づかれぬよう術式を描きはじめる。

「やっぱしか…気配でわかった。あれだろ?死霊術で蘇ってやつらと同じくらい厄介なやつ!」

セネトは赤髪の男に向けて指差すと同時に、術式に魔力を込めて『風』魔法を放った。
セネトの術式から放たれた不可視の風の刃は、真っ直ぐに赤髪の男に向かって飛んでいく。
気に入らないといった様子で赤髪の男は風の刃すべて避け、セネトを睨みつけてベストのポケットからナイフ数本を出した。

「ちっ…同じに扱うんじゃねーよ。っくそ、さっさと終わらせちまうか」

取りだしたナイフをいじる赤髪の男に、それまで静かにセネト達の会話を聞いていたハミルトとグラハムが訊ねる。

「これは…どういう事なんだい?」
「僕達を――もしかして、騙していたの?ルドルフ…」

2人の疑問に、ナイフをいじる手を止めた赤髪の男・ルドルフが鼻で笑った。

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