化猫 序の幕
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さっきまで確かに縛られていた筈の薔は自由の身に、そして薬売りもまたあっけなく縄を解いてしまった
すると伊國の視界の端に確かにあった筈の刀がなくなり、不審な動きを見せた薬売りに迫った小田島の鼻先に刀が向けられる
そう、一瞬の間に刀はどういう訳か薬売りの手元に戻っていたのだ
派手な動きではないが、無駄のない流れる動作で薬売りが並みの人間よりも優れた腕を持つことは武の道を行く侍である小田島に伝わった
チリンと鈴を鳴らして刀を肩に担ぐ薬売りは先程までと様子が違い、余裕の笑みが消えている
「邪魔立てするな」
どこに仕込んであったのか、薬売りは手に無数の札を取り出すと部屋の壁と言う壁に凄まじい勢いで飛ばして貼り付けながら奥へと走る
札は意思があるのか人には貼り付かず、障子の枠と紙にもぴったりと貼り付き、門口で見たのと同じ梵字を浮かべる
一方の薔は外の気配に威嚇するように眉間の皺をより深く刻み、担ぎ棒を手にして庭に面する襖の前に立つ
中の動きが分かるのか、薔が外に近付くと部屋の外を引っ掻いていた"なにか"が癇癪を起したように部屋を揺らす
「?おい、画師。一体何を――」
『酒でも飲んでろ、酔っ払い』
「何…?」
仮にも武家の一族に対してあまりに無礼な発言で
薔が担ぎ棒を強く握ると、漆塗りだけだった棒に金の流水紋が浮かび上がり、金色の水に流されて出てきたのは絢爛豪華な色とりどりの大輪の花
流水紋が先端に近付くに連れて棒がぐんぐんと伸びていき、三尺(約九〇センチ)だった物が倍の六尺(約一八○センチ)の長さの棍棒へと変化した
こちらも只者ではないと伊國が面白そうに眺めていれば、薔が襖に向かって一閃、見えない何かを斬るが如く棍棒で薙いだ
ナ゛ア゛ア゛ァァオオオォォォ゛!!
すると外から猫の悲鳴が聞こえ、部屋の揺れは止まり大きな足音が部屋から遠ざかっていく
薔の棍棒が外の何かを見えない力で打ちのめしたのだ
「…やったのか?」
『まだだ。あんなモンでくたばる相手じゃない』
繋がる部屋全てに札を貼り終えた薬売りと、見えないモノと戦う薔の奇行に我慢の限界が来た小田島は一連の現象を"絡繰り"と称して暴こうと襖を開ける
これには薔も薬売りも慌てずにはいられない
『死にてぇのか!!』
「うおおぉ!?」
声を荒げる薔の命令に応じた蝶の群れが小田島を部屋の中へと押し戻す
勢いが強過ぎた為に後ろに転んで行った小田島の前に立って棍棒を構える薔は、外の気配が去ると小田島の頭を拳でゴッと実に痛そうな音を立てて殴った
「あだッ!?何をする!」
『次に勝手な真似してみろ、その脳天かち割って望み通り奴の餌にしてやる…』
「ひ…ッ!」
静かだが確かな怒りと苛立ちを滲ませる薔の険しい顔を見た小田島の怒りは霧散し、情けなくも後退りする
美形の怒りや憎しみの顔は恐ろしいと聞くが、薔も例に漏れず見る者全てを凍てつかせる形相である
ヒラヒラと美しい蝶が舞っている様は絵になるが、それが余計に薔の顔の恐ろしさを際立たせている
薬売りがそれを見て小さく"くわばらくわばら…"と唱える程であるのだから、相当恐ろしいものだと理解出来る
薔がフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いたことにより空気が少しマシになり、小田島は殴られた頭を押さえながら一瞬だけ見えた何かについて口にする
「何だ、あれは…?姿形はよく分からんかったが…」
「言ったろう、モノノ怪だと。結界の外に出れば奴の餌食だ。結界も、いつまでもは持たん」
『俺の蝶も朝まで持たねぇぜ』
肩や指先に紫色の美しい蝶を乗せて我関せずの態度でありながら状況を説明する薔は助ける気があるのかないのか分かりにくい
「このままでは早晩、この ように なる」
『………』
関節を無理矢理捻じ曲げられた亡骸の弥平を見つめ、薔は荷物の中にあった代わりの羽織を被せて気の弱い加世や精神が危ういさとの目に入らないようにする
あまりジロジロ見るものではないと分かっている為、薔の行動に小田島も文句は言わない
「モノノ怪は、斬らねばならん。しかし、退魔の剣を抜くには条件がある。形と真と理を剣に示さねば、抜けぬ。まずは、形…」
小田島の着物から薬売りが取ったのは、獣の毛
黒く短いその毛の柔らかさで、それが何の動物か分かる
「これは、"化猫"だ」
カチン
形を得たという合図なのか、退魔の剣の鬼の飾りが口を閉じて音を鳴らす
それを目にした一同は退魔の剣が紛い物などではなく、何か不思議な力を宿すものなのではと信じ始める
「モノノ怪の形を成すのは、人の因果と
チリン!
「お聞かせ願いたく候」