化猫 序の幕
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「無礼者!この期に及んでまだそんな事を!何がモノノ怪だ、不吉な!」
薬売りの言葉が気に入らないのか怒鳴り散らす小田島の後ろで伊國は勝手に刀を抜こうとするが、何か仕掛けが施されているのか抜くことが出来ない
決してひ弱という訳ではない筈の伊國が抜けないのは明らかにおかしいのだ
「何の細工だ?」
「細工じゃありません。何の仕掛けもありません」
伊國に代わり小田島も抜こうとしてみたが、どうやっても抜けることはない
薔は普通とは違う空気を纏う刀を見つめて眉を顰める
伊國は剣が気になるのか抜く方法を薬売りに問う
「お前なら抜けるのか?」
「…まだ無理ですね」
「また"まだ"か?」
「斬るモノノ怪の"形"、"真"、"
「面白い男だ」
「心外ですね、つまらない人間ですよ…俺は」
伊國と薬売りの応酬を傍観していた薔は結局抜くことが出来なかった小田島の怒声に耳を痛める
「もう勘弁ならん!番所に突き出してやる!お前もだ、画師!!」
「待て!それはいかん。騒ぎになっては困る」
「勝山様…」
「これはお家の一大事なのだ」
事を大きくしたくない勝山は番所だ何だと騒ぐ小田島を止める
正義感の強い小田島は納得出来ない様子であったが、奥から聞こえた甲高い悲鳴に似た声で場の空気はより重たくなる
「ううぅぅ――…ッ!」
「水江様、水江様…!」
床に伏せて未だ頬を泣き濡らす水江の傍でさとが背中を摩り、声を掛け続ける
水江の精神は既に限界に達し、身体もそれにつられて疲弊していた為に意識を失ってしまったのだ
近くに座っていた伊顕が医者を呼べと言い、小田島が弥平を呼んだ
「弥平」
「へい」
「坪内先生を呼びに行ってくれ」
「へい、只今」
ただ頭を下げて従う弥平に薬売りが行くべきでないと忠告する
「弥平さんとやら、外には出ない方がいい。結界が完全じゃない」
「黙れ!まだ
「良いか、くれぐれも余計な事は言うな。"水江様がご不調"とだけ伝えてお連れするんだ」
小田島の堪忍袋の緒が切れる前に、未だ体裁を守ろうとする勝山が弥平に強く念を押す
勝山の押しに圧倒された弥平は戸惑いながらもはっきり返事をして部屋を後にした
「塩野の屋敷にも、誰か遣いを…」
「殿、それはまだなりませぬ」
「何故だ?」
門口に立つ弥平は、後ろで何かが動く気配を察知したが…気の所為だと思い、外に足を踏み出した
それが死の選択だと気付かずに
そして部屋では勝山が伊顕に今は動くべきではないと進言する
嫁にやる筈だった真央が頓死したことを知らせては坂井家存亡の危機になると勝山は指摘し、時間を稼いで打開策を講じるのが良いと提案する
だがそこに横槍を入れる者が居た
「僭越ながら勝山殿」
「何だ」
「隠し立ては返って不味い事になるのではありますまいか」
「何?」
「人の口に戸は立てられないもの。心象を悪くしてまで隠さなければならないことなのでしょうか?」
普段から仲が悪いのか、勝山と笹岡の口論は周りのことなど関係ないと言わんばかりに熱を上げていく
「ならないことだ。それが分からないのか?」
「私は賛成出来ませんね。塩野に限らず、腹を打ち割って救けを求めた方が早い。そもそも、もっと昔にそうしていれば塩野に…」
「
「私は殿をご心配しているだけです。勝山様こそ"企み"と言うのなら、私が何を企んでいるのか明らかにして頂きたい」
「その手には乗らん」
一触即発、緊張した空気で部屋が冷たくなる
しかし、そこへ灯りを持ってきた加世が入ることで場の空気は少しばかり和らいだ
ほんの、気持ち程度だが
『…………チッ』
「…何か?」
目を閉じて何かに集中していた薔が舌打ちするのを聞き取った薬売りが小声で尋ねると、薔は瞼を上げて鋭い眼光を見せる
その眼差しに薬売りは畏敬に似て非なる感情を覚えた
『…また動き出した』
「……成 程」
並んで顔を引き締める二人に誰も気付かないまま、さとは灯りを持つ加世に奥の部屋を示す
「加世、真央様の所にも灯りを点けておいで」
「え…」
「何?早く行きなさい!」
「だって、亡骸が…」
「だから何!?まさか嫌なんて言うんじゃないでしょうね?早く行きなさい!」
さとの過剰なまでの厳しい当たりに小田島は小さく息を零す
これもまた、日常の風景が悪化したものなのだろう
このままでは埒が明かないと判断した小田島は加世の前に立ち、一緒に行ってくれると加世を庇った
カタカタカタ…
一方、伊國の前に無造作に置かれた刀がひとりでに震えて何かを知らせる
奥の部屋に加世と小田島が入って少し経つと、薔は奥の部屋近くに"なにか"が居ると察知した
『…――――』
ボソボソと口を動かす薔の声は人が聞き取れる音ではなく、隣りに座る薬売りですら聞こえない
誰にも聞こえない謎の声は、部屋の外に居る薔が描いた蝶達だけが聞き取った
ヒラリヒラリ ヒラリ
屋敷の中を飛んでいた蝶の群れは薔の声に呼ばれて集まり、部屋の周りを尋常ではない速さで飛んで囲う
その数は軽く百は越えているのに羽音は無音に近く、誰も蝶の存在には気付いていない
しかし、別の"なにか"には気付いた様子
「おい、何か…聞こえなかったか?」
最初に気付いたのは伊國だけで他には誰も何も聞いていない
薬売りは刀が勝手に浮いているのを見て、近くに何かがあると察した
「いえ、何も…」
誰も何も聞こえない、そうなる予定だったのをまるで嘲笑うように外から不気味な猫の鳴き声が聞こえた
ゥナア゛ア゛ァァァォォ…
子猫の愛らしい鳴き声ではない、低く…まるで何かに怒り恨んでいる声だった
向かって右側から聞こえた猫の鳴き声に、部屋の中の者は皆驚きを見せる
『……ッ!』
意識を集中していた薔は目を見開いて呼吸を浅くする
異変に気付いた薬売りが問うよりも先に、奥の部屋から小田島と加世が戻ってきた
謎の猫に怯えていた一同は動く気配に敏感になっていた為、体勢を崩して驚いていた
「な、何だ小田島…。脅かすな」
「どうかなさいましたか?」
「何でもない…」
微妙な空気が流れる部屋の外から聞こえる鐘の音が時間を知らせる
それがきっかけか、夕方に出た弥平がまだ帰ってきていないことを勝山は思い出した
「弥平はまだか、何をそんなに時間が掛かっておる!」
「先方にも都合があるのでしょう」
「こちらは大事なのだぞ、都合なぞどうとでも…!」
「"大事"だと、言ってはならぬと言われたのは勝山殿ですよ」
笹岡に指摘された通り勝山は真央の件については何も言わず、水江が不調とだけ伝えろと弥平に命じていた
それならば医者が別の重症患者を優先してもおかしくはない
揚げ足を取られて機嫌が悪くなる勝山は、そうだったとしても遅すぎると弥平の帰りに痺れを切らす
……ピチョン…
部屋を歩く小田島の首に何かが一滴落ちてきた
首の後ろだったので何か分からずに抑えて確認しようとする小田島に、勝山は他に異変がないか確認する
「小田島、何か見なかったか?」
「何か、と言うと?」
……ポタ
「猫だ」
ポタ…ボタボタ…
「この屋敷に」
ボタボタボタボタッ!
『!!』
「ッ!」
二人の会話に答えるように、小田島のすぐ後ろの床に赤黒い点が増えるのを薬売りと薔だけが視認した
それは、見る者が見れば何か分かる恐ろしいもの
「猫はおりませぬぞ…、…!?」
首に落ちたものを確認して驚く小田島の前に縛られたままの薬売りが立ち、片足を上げたかと思えば線の細い体躯からは予想だに出来ない強烈な蹴りを小田島に見舞う
その頃薔は既に自力で縄を解いており、近くに置いていた担ぎ棒を持って天井を睨む
その直後、天井からクルクルと高速で回転した何かが降って下り、グシャリと床に叩き付けられた
それが、少し前に遣いに出した弥平の変わり果てた亡骸だと認識したさとと加世は悲鳴を上げて逃げ惑う
「これは下働きの…」
「弥平!?何故!?」
「ど、どこから…?」
『「…来る」』