化猫 大詰め
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ドプン…
薬売りの制止も空しく、化猫の大きく裂けた口に純白の羽織を被った薔が丸ごと飲み込まれた
空を掻いた薬売りの手は何も掴めず、目の前で起きた事を彼の頭は受け入れられずにいた
死なせてしまった
それだけが薬売りの思考を奪い、判断力を停止させる
「…画師、殿……」
ナアアオオォォ…
「ッ!!」
先程まで
あんなに伊行を始めとする坂井の人間達を恨んで突き進んでいた化猫は今、見えない誰かにじゃれついている
大きな丸い目を三日月の形に細め、唸り声ではなくゴロゴロと喉を鳴らして甘えているのだ
一体誰に甘えているのか
化猫は何を見ているのか
不測の事態だが、これ幸いと小田島は崩れ落ちている伊行を背負い、加世はブツブツと
伊行をおぶった小田島は階段を駆け下り、奥の部屋へ避難する
だが、部屋の入口は朱塗りの格子戸で内側から鍵を掛けられている
外から入ることが出来なくなっていたのだ
「笹岡様!開けて、開けて下され!!伊國様!伊國様ぁ!!」
「伊國!伊國!!」
中に居るのは笹岡と伊國の二人
伊國の命で戸を閉めた笹岡は開けるべきか悩んでいたが、伊行に名を呼ばれて頭を抱える伊國を見て開けるのを躊躇った
一方の加世は正気を失ったさとに首を絞められていた
これまで耐え続けていた鬱憤が一気に爆発した為、目の前に居た加世が被害者となってしまった
「そんな目でいつも…いつも!私を馬鹿にしてぇ!!どうせお前も、地獄に堕ちるのさ!!」
玉の汗を流してさとの腕を解こうと抗う加世だが、火事場の馬鹿力というものが発動し、さとの力は通常を上回っている
ただの下働きである加世に振り解く力はない
「加世殿!今救けに…!!」
このままでは危ないと小田島が救けに入ろうとすれば、何と背負っていた伊行が細い木の枝のような腕で小田島の首を絞める
あり得ない力を発揮したのはさとだけではなかった
「お前は…!」
「ご、隠居ぉ…ッ!?」
「わしを守るのじゃ!」
ギリギリと絞める伊行の腕は力のある小田島でも苦戦する程強く、生きることへの執念を表していた
空気が肺に送られなくなり、小田島の瞳は段々と上へ上っていく
ナ゛ア゛ア゛アアアアァァァァオ゛オ゛オオォォォオ!!!
化猫が、号哭した
まるで暖かい春の夢から目覚めてしまったような、いつまでも浸っていたい夢から起こされてしまったような
聞くだけで悲しくなるその泣き声の奥
そこに薬売りは、薔の声を見つけた
―くすり…うり……―
「画師殿!?」
グウアアアオオオオォォォォ!
ドオォン!
「がはぁ…!!」
薔の声を聞き洩らさない薬売りに向かって、化猫は大切な物を盗られたくない一心で鋭い体当たりをする
反応しきれない速度の攻撃を無防備に喰らった薬売りは血を吐きながら吹き飛んだ
その時、薬売りの脳裏に断片的な光景が次々と流れ込んできた
コマ送りに見せられる光景の中には、若い頃の伊行と恐らく伊國であろう男の顔が映っていた
どんどん変わる光景の最後に見えたのは、痩せこけても美しさを残す
女はその光景の外に居る猫の鳴き声を聞いて顔を綻ばせた
そして、聞こえるのは
飲み込まれて消えた薔の声
―…よく…見……ろ…―
「…え、し……どの…?」
―…れ、が………まこ……こと…り……―
ドポン!
吹き飛ばされた薬売りも化猫の中に飲み込まれ、残された者達は迫りくる死に絶望した
加世と小田島もこれで終わりだと涙を流して死を恐れている
しかし、二人にはまだ切り札が隠されていた
キイィン!
神聖な泉を連想させる洗練とした音が木霊し、加世と小田島が持たされていた香りの出る紙が空中に呼び出された
これ以上何があるのかと警戒する二人を宥めるかの如く、紙はクルクルと回ってその姿を変えた
加世が持っていた紙は描かれていた金木犀と同じ色の巨大な鳳凰に、小田島のは渋い木の色をした獅子に変化し、それぞれを背に乗せて跳躍する
「何だこれは!?」
「画師、さん…ッ!」
こうなる場合も考えて、薔が自分達を守護する獣を持たせていたことを知った加世は溢れる涙を抑えられずにはいられない
最後の最後まで力を持たない自分達の為に力を惜しまなかった薔の優しさが、加世の胸を一杯にする
「画師さぁん!!薬売りさぁあん!!」
*
*
化猫に飲み込まれた薬売りは、白い空間の中を漂っていた
このまま無となるのかと薬売りは考えたが、彼の頭を二つの温かい手が優しく撫でる
「よしよし…よしよし…」
「ねこ…ねこ……いいこ…」
「いいこ………」
色鮮やかな檻に入れられた若い女が、猫を柔らかい手で優しく撫でる
その手を感じているのだと知った薬売りは、もう一つの手の正体に目を見張った
「画師、殿…?」
男にしては嫋やかな手で撫でていたのは、髪紐が解けて美しく長い黒髪を揺らした女と見紛う姿の薔であった
薔は冷静な面持ちで薬売りを見下ろし、意識がまだはっきりしていない彼に話し掛ける
『もう少しだ…薬売り。大丈夫……』
『俺が、力になる…』
頭巾の上から撫でられる感触に心地良さを感じた薬売りはそのまま眠るように意識を化猫の記憶の中へと沈めていく
その後を追って、薔もフワリと着流しを翻して下りていった
行きつく先は、この世の醜い地獄の様である
2/2ページ