化猫 二の幕
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「今…何刻でしょう?」
「さぁ…子の上刻か下刻か」
「まさか、このまま夜が明けないなんてこと…」
「そんなことある訳ないでしょッ」
冷や汗が止まらないさとに言われて不満そうな顔をする加世にさとは文句を言う気力もない
不自然な荒い呼吸をするさとを訝しむ加世の視界の端で、薔が素早く立ち上がって構えるのが見えた
「画師、さん…?」
チリン
「!」
「どうした?」
「音が…」
「いかん!誰かが訪ねて来たのかもしれん」
立ち上がり、外に出ようとする小田島の肩を薔が強く握って押さえる
獣の威嚇よく似た、眉間に皺を寄せた形相の薔から、来客ではないと鈍い小田島でも理解出来た
「誰かが訪ねてくるなんてことはあり得ない」
「何故そう言い切れる?」
「俺達の周りには結界があり、結界の周りにはモノノ怪の領分がある。そこを越えて、人がやって来るなんて事はあり得ないんだ」
知らない言葉が出てくるとすぐに聞き返す小田島を黙らせ、気配に集中する薬売り
その後ろで薔は棍棒を構えて耳を澄ませ、化猫の気配を辿って摺り足で移動する
着々と近付いてきた化猫は、部屋の周囲に置いてある天秤を警戒してそれ以上中々踏み込んでこようとしない
だが、部屋に近付くには天秤の間を通らなければいけないと判断し、ゆっくりと部屋に近付く
化猫が通ると天秤は受け皿を傾け、鈴を鳴らす
天秤が傾くその先に、見えない敵が居る
チリン
チリン
「猫、なの…?」
化猫の気配に反応して傾く天秤の音が徐々に徐々に近付いてきている
そしてそれは部屋を守る結界が反応する距離にまで達した
襖に貼られた札が音を立てて梵字を浮かび上がらせ、瞬く間に赤い目玉模様へと変化した
一枚から始まり、模様が浮かび上がる札の数はどんどん増えていく
チリン
チリン
『…塩の前まで来たぞ』
「ひぃ!」
気配に鋭い薔の言葉に加世が恐れて後退り、薔の後ろに隠れる
化猫は塩の前で暫し止まると、塩の線を越えずに横に移動する
『
「!?」
化猫が目指す先を何故知っているのかと目を見開いて驚く薬売りの肩を押して部屋の奥へと共に走る薔の目頭には幾つもの皺が刻んである
「何か知っているのか!?」
『お前の言う真と理かどうかは知らねぇが、あの猫…やけにこの部屋の奥に強い念を送ってやがる。そこで何かがあったと踏んで間違いねぇ!』
赤く染まる札を追って伊行と真央が居る部屋に辿り着いた途端、二人の前から化猫が動かなくなる
何かあると構える二人の後ろで、目を覚ました水江が哀れな
大切な一人娘を死なせる破目になったことを嘆き、真央の顔に被せてあった面布を取り払ってその美しい顔を見てまた涙を流す
こんな筈ではなかった、望まぬ結婚をさせるのだからせめて長生きして欲しいと願っていたのに、何を間違えたのかと水江の後悔は治まりを見せない
しかし、事態は薔も予想だにしていなかった展開を見せた
化猫が塩の線を越えようとしていることに気付いた薔は、化猫が標的に定めた人間が誰かを瞬時に察知した
『後ろだッ!!』
「!」
塩の線を遂に超えた化猫は恐ろしい速度で反対側に回り、亡くなった真央に縋る水江に幻を見せた
それは、真央に引けを取らない若く美しい娘の寝顔
瞼を開け、光を失くした虚ろな瞳を水江に向けた謎の娘は紅を差した小さな口を開く
「み…ず……え…さ…ま……」
「ぁ、あ、あああぁぁぁああああぁああ!!た…、
『ッぐぁ…!!』
「画師殿!?」
『ぁあ゛、ッく、うぁ…!』
女の不気味な声に呼ばれた水江だけでなく、声を聞いただけの薔にまで異変が生じる
耳を押さえて蹲る薔と、真央を"珠生"と呼んで怯え逃げ惑う水江
どちらを追うべきか悩んでいる内に、薬売りの足を爪が伸びた真央の死体が掴む
「何!?」
『くっそが…!』
動きを封じられた二人を置いて水江はどんどん部屋の外へと逃げて行く
"珠生"と呼ばれる誰かを恐れる水江の感情は伝播し、部屋の中は混沌と化す
「何でも償います!だから来ないでぇ…!!」
水江を追う化猫の気配は庭に面する襖に集まり、外に出ようとする水江を待ち構える形となった
恐怖で狂い、札を爪で剥がす水江は最早手遅れの段階と見做した薬売りは傍らの薔を支えて皆に大声で叫ぶ
「奥へ!奥へ逃げろぉ!!」
奇声を発して札を破る水江に怯えて一同は言われた通り奥の部屋へと避難した
その間に僅かながら回復した薔は襖を開けようとする水江に今の自分が出せる最大の声量で叫んだ
『開けるなあぁ―――――ッ!!!』
しかし正気を失った水江に声は届かず、閉じていた襖はスパンと綺麗に開けられた
部屋の外には血に染まって出来たと言われても疑わない、一面赤色の猫の群れに埋め尽くされた庭が見えた
シャリン シャリン
赤一色に染まる庭の中を、白い着物を着た誰かが歩く
それは、白無垢に身を包んだ若い女_花嫁だ
「化け物めぇー!!」
「やめろぉ―――!!!」
人間ではない花嫁の姿をした何かに勝山が刀を振り上げて斬りかかる
それを止めるも既に遅く、化猫は水江と勝山をいとも容易く飲み込み、殺した
尚も耳を押さえて苦しみ続けている薔は、急に立ち上がって棍棒を横一線に薙いで結界の中に施した術を発動させた
『踏み潰せ、"
パオオオオォォォォン!
部屋の外から障子を蹴破って乱入してきたのは、淡い緑色の身体に薔の着物と同じ金の流水紋が流れる巨大な象だった
白緑と呼ばれた象は主を守らんと化猫の行く手を塞ぎ、後ろ脚で立ち上がって己の重さを利用した前脚攻撃を繰り出した
畳に押さえ付けられて思うように動けないことに怒る化猫の勢いは収まらず、じわじわと白緑の身体を化猫の赤黒い身体が浸食していく
「化猫め!――ハァ!!」
能力で襖を閉め、化猫の進行を食い止める薬売り
襖の向こうから象の断末魔が聞こえた途端に襖を赤黒い液体に似た物が浸食していく
小田島も応戦しようと刀を刺すがまるで効果はなく、赤子の手をひねるが如くあっけなく吹き飛ばされた
そこへ、ずっと蹲っていた薔が青白い顔を上げて固く結んでいた口をぱかりと大きく開けた
「おい画師!何をする気…」
『スゥ―――……』
キイィ――――――…ン!!
伊國の言葉も耳に入らない状態にまで追い込まれていた薔は、人間の耳では聞き取れない周波数の音の砲弾を化猫にぶつける
今まで喰らったことのない攻撃に怯んだ化猫は怒り狂ったままもがき苦しむ
グア゛ア゛アアアァァォオオ゛!!
『ッハ…!薬売り!!』
「承知!」
薔の合図で札を貼り付けた薬売りは次々と襖を閉め、その都度札で結界を張る
「何をそんなに、怒っている!?お前の理は何だ!?お前の真は、何処にある!!?」
化猫に問う薬売りの横で、力尽きて膝をついた薔の意識が朧になる
加世や小田島が近くで呼び掛ける声が段々と遠くなり、やがて別の――ここではない何処かから、若い女の声が聞こえた
――ねこ…ねこ…
――よしよし…いいこね…
――――お前は…自由に……