化猫 二の幕
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そこへ酒を渡し終えた加世が戻って来て、手伝えることはないかと尋ねる
口を開いては文句や疑問ばかりの小田島と違い、素直で愛想のある加世ならばと薬売りは大袈裟に喜んだ
「有難い。そこの口ばっかりの木偶の坊よりは、よっぽど頼りになる」
「誰が木偶の坊だ!?」
『お前以外に誰が居る…』
「何!?」
「こいつを持ってくれ」
畳に置いてあった薬箱が突然ひとりでに開いた
それに驚く加世を気にせず、薬売りは"中の奴"とやらを渡すように頼んだ
フワフワと浮かんで出てきたのは、小田島達が荷物を確認する時に出てきたあの謎の道具だった
「それは、何だ!?」
「天秤も見たことがない?」
「天秤?」
「指を出して」
言われた通りに人差し指を出した加世の指に天秤は小鳥のように乗り、クルクル自由自在に動いてから加世に向かって軽く傾き、元に戻る
それはお辞儀に似た動きでとても愛らしく、加世もすっかり警戒心をなくした
「加世さんのこと、気に入ったみたいだよ。指でチョンと上げてご覧」
チョン
加世が軽く指を上げただけなのに天秤は重力を忘れた様子で飛んで行き、薬売りの指に止まる
そして薬売りの指が軽く上がるのに合わせてまた飛んで行き、少し離れた地点に着地して両端にある鈴を下ろす
これを繰り返すように言われた加世の身体の上を天秤達がどんどん乗っていく
懐いてくれるのは嬉しいが、ここまで乗られると加世としてはとても大変である
「え、画師さ~ん!助けてくださ~いッ」
『いや、俺に言われても…』
薬売りの持つ道具を他人の自分がどうこう出来る筈がない、そう言いたかった薔だが、言うより先に天秤達が加世から薔に飛び移り始めた
まさか自分の方に飛んでくるとは思っていなかった薔は驚きながらもちゃんと受け止める
「おや、画師さんのことも 気に入ったようだ」
『いや多過ぎるだろ、これ』
「おや おや…」
見れば加世よりも凄い数を頭から腕にかけて乗せている薔の姿は確かに異様だ
だが薬売りはそれが面白かったのか肩を震わせて笑うだけで助ける気配は皆無
呆れた薔は薬売りを無視して反対の方角へと天秤を連れて行き、薬売りの見様見真似で飛ばしていく
天秤は他の天秤と同じように均一の間隔を空け、部屋の外にある畳一面に並べられていった
自分の身体に乗っていた天秤全てを飛ばし終えた薔が戻ると、飽きないのか小田島がまた薬売りに噛み付いていた
「だったら、こんな悠長な事をしている場合じゃないだろうが!さっさと見つけ出して斬ればいい!それが出来んのは、矢張り嘘か」
『ハァ…、ったく』
乱暴に頭を掻く薔に助けを求める視線を送る加世に首を振って黙らせ、薬売りの言葉を聞く
「言った筈だが…。モノノ怪を斬るには、あと 真と理が必要だ。それが明らかになるまでは、この剣は 抜けん」
チリンと鳴る退魔の剣に付いた鈴が響き渡る屋敷
その空気の重さに加世は遂に半泣きになって薔の着流しの袂に縋る
あまりに可哀想な姿の加世に薔は慰める気持ちで一つ、懐に入れてあった小さな紙を取り出して筆を走らせる
酒で濡れていた筆で描いたのは金木犀の花で、絵が完成すると何もしていないのに鮮やかな色が滲み出てくる
素朴だが愛らしい花の形と色に顔色が戻った加世は、ふと紙から金木犀の香りがすることに気付いた
『気分が良くなる。持ってろ』
「ありがとうございます!」
何の変哲もないただの紙だったものから良い香りがするのが余程嬉しかったのか、加世は大事に紙を折り畳んで懐に仕舞う
ついでに小田島には檜の絵を描いて渡しておいた
ただの木の枝に見えた小田島はその香りでそれが何の木なのか分かったが、何故檜なのかと視線で問うた
「?」
『檜の香りは冷静さを取り戻すのに優れている。それ嗅いで一回落ち着け』
「まるで俺が落ち着きがないような言い方だな…」
『逆に聞くが、どこに落ち着きがあった?』
「うぐ…」
「ぶふっ」
どうやら薬売りのツボに入ったようで大きく吹き出して笑った
笑われたことを怒鳴りたい小田島だったが、言われてすぐに怒鳴ってはそれこそ冷静でないと自分で言っているものと同義だと怒りを堪えて部屋の中に戻った
加世は紙と小豆を入れた懐に手を重ねて薔に向かって微笑む
しかし薔は何故そんな笑みを向けられるのか理解出来ず、眉を顰めた
「画師さんって、優しいんですね」
『優しい?…俺が?』
「だって、知らないことを丁寧に教えてくれるし、こうやってお守りもくれたし…。最初は怖そうだなーって思ってたから嬉しいんです!ありがとうございます!」
頭を下げてからパタパタと部屋に戻る加世の背中を見送った薔だが、自分が何故"優しい"と言われたのか分からない
首を傾げる薔の肩に屋敷のどこからかあの蝶が飛んできた
薬売りの笑いが治まるのを見計らって蝶がくれた情報を話す
『化猫は今、距離を取っている。力は少しだが弱めることに成功した』
「!…どうやって」
『門口に描いた花、あれの香りは魔除けになる。蝶にもその香りを含ませていたから攻撃した時にでも喰らったんだろう』
「ほぉ…」
まだモノノ怪が何なのかも分かっていないあの時点から既に手を打っていた薔の先を見据えた行動に薬売りは純粋に驚いた
ここまでモノノ怪に対して的確に動ける画師を、薬売りは今度こそ欲しいと思った
『ほれ、とっとと戻るぞ。真と理が必要なんだろ』
「えぇ…」
だが、今はまずモノノ怪を斬らねばならない
そうしなければ自分の明日もなくなるのだから
薬売りと薔は肩を並べて部屋に戻る