化猫 二の幕
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薬売りの今までとは違う改まった物言いに空気は張り詰め、誰も口を開けない状態に
そんな生死が掛かった一大事でも呑気なことを言える図太い人間がこの場所に一人居た
「おい、酒がないぞ。誰か、酒を持ってこい」
今までずっと酒を飲み続けていた伊國の持つ銚子が遂に空になった
怪奇が起きているこんな時に部屋の外に出たい者など居る訳がなく、誰もが名を呼ばれたくないと一心に願う
だが不幸にも呼ばれたのは奥女中のさとだった
「さと?」
「只今!」
呼ばれてすぐにでも立ち上がるのかと思いきや、さとはすかさず加世に取って来るよう命じた
こういう時に人間は本性が現れやすく、感情的で何をしでかすか分からない
「…加世、行っといで」
「!?」
「早く御酒だよ。場所は分かってるだろ」
あっさりと自分より下の者に命じるさとに小田島は呆然とさとを見つめる
そんな視線など意に介さずにさとは加世を急かすが、加世だって自分の命を易々とモノノ怪に差し出すつもりはない
「い、嫌です、あたし!」
「嫌ってお前…!?」
「頼まれたのはさとさんなのに、あたし、ここから出たくありません!」
加世の言い分は何も間違っていない、それを理解している薔は鼻を上に向けて何かの匂いを嗅ぐ
スンスンと鼻を鳴らして匂いの元である伊國が飲んでいた酒の残り香を覚えた薔は、迷いない歩みで襖の引手に指を置く
外に出るなと言っていた薔が外に出ようとしているのを見て小田島が怪しい動きと認識した
「おい!何処へ行く?」
『酒を持って来ればいいんだろ?ついでに幾つか拝借する』
棒を肩に担いで首だけ後ろを向く薔は浮世絵にすればさぞ売れるだろう美丈夫っぷりである
自分の代わりに行ってくれる薔の頼もしい言葉に加世は頬を染めて見惚れた
「なら 俺も一緒に行きましょう。塩が欲しいんで ね」
薬箱を背負う薬売りと今にも襖を開けようとする薔に小田島は駄目の言葉を繰り返す
まだ信用した訳ではないと小田島は言うが、今この場で何を信じて何に縋るつもりなのかと薔は疑問に思うも、勝手にしてくれと最早考えるのを諦めた
結局、見張りとして小田島と酒の場所を知る加世がついて来ることとなった
思った以上に大所帯で移動する上、小田島が小声のつもりで毒を盛る気だの何だのと騒ぐ為、薔は眉間に皺を寄せて廊下を早足で歩く
迷う素振りを見せずに的確に廊下を進む薔に加世も小田島も驚かずにはいられない
「ま、待ってください!て言うか、何で道が分かるんですか!?」
『酒の匂いがする方に向かって歩いてるだけだ』
「酒の匂いだと?そんなものせんぞ!」
『俺の鼻は獣より利く。酒の匂いぐらい嗅ぎ分けられる』
そんな訳がないと信じないつもりの小田島だったが、薔の鋭く光る獣に似た金色の瞳を見てあり得なくはない話だと一人頷く
台所に着いた薔は真っ直ぐに
鼻が利くというのも本当なのかと改めて加世と小田島は驚かされる
「あ、ありがとうございます…」
未だに惚ける加世を後目に薔は使えるものが無いかとあちこちを物色する
遠慮の欠片もない薔を咎めようと小田島が足音を立てて近付くが、何かを踏んで綺麗に足を滑らせた
「うぉあ!?いったたた…。何だ、これは?油か…?」
「えぇ?油はちゃんと仕舞った筈ですよ?」
「けしからんな、誰の仕業だ…」
どうやら床に零れていた油で足を滑らせたようだが、特に酷い怪我をした訳ではなかった
それを見ていた薬売りは立ち上がった小田島に塩が入った壺を渡して持たせる
武士である小田島が腰を落として両手で持っている様子から相当な量が入っている
「おい!俺に持てってのか!?」
「毒を入れる暇がないようにな」
「…聞こえてやがったのか」
「あれ程大声で話されちゃ、嫌でも耳に入ってくるさ」
「馬鹿にしてるな、お前!!」
「おっと、気付いてやがったか」
小田島を揶揄う薬売りに笑いを零す加世は、薔が小豆の入った袋とまだ蓋を開けていない酒を手にしているのに気が付いた
「画師さん、それは一体…」
『清めと厄除けに使える』
「お酒はともかく、小豆が?」
「何故小豆なんだ」
『…何でめでたい日に赤飯炊くのか知らねぇのか』
無知な加世と小田島に呆れながら袋の中に手を入れた薔は小豆を一粒取り出した
『遥か昔に渡ってきた小豆の赤色を、一緒に渡ってきた当時の
「「はぁー…」」
『そもそも赤ってのは
「は、はい」
「わ、分かった…」
つらつらと説明する薔の博識っぷりに静かに圧倒された二人は渡された小豆が入った紙を言われるまま懐に入れた
祝いの席に出される赤飯の意味に合点がいったのもあり、二人の薔に対する信用の株が上がっていく
「…って、ちょっと待て!薬売り!何処へ行く!」
「手を打つと言ったろ。そこの画師の方、ちょいと手伝っちゃくれませんかね?」
『あぁ、結界の強化か』
「話が早くて助かります」
薬売りは薔の厄除けに関する知識を買って手伝いを頼んだ
薔も、この状況を打破出来る存在の薬売りに力を貸すことに異論はない
部屋に戻り、加世が酒を持って行っている間に残りの三人で部屋の周りの結界を強化する
最初の頃はかなりの数が飛んでいた蝶の姿が残り僅かになっているのを見て薔は小さく舌打ちをする
「この蝶は、一体…」
「画師さんの、能力ですかな?」
『まぁ、そんなところだ。相当やられてる…、早く結界を張った方がいい』
「そうですね」
薔は懐から筆を取り出し、升に入れた酒を付けて畳に何かを描く
透明な酒では何が描かれているのか見えず、小田島は首を傾げるが茶々を入れる様子はない
先程の件で薔に対しては特に何も言わないことに決めたのだ
しかし依然謎の多い薬売りに対しては強気な様子で、塩を手に取る様子に問いを投げかける
「何だそれは?」
「塩もご存じないか?」
「塩ぐらい知っておるわ!何の意味があるんだって聞いてるんだ」
手で掬った塩を畳に垂らして部屋を囲う線を引く薬売り
それに続いて小田島は塩の入った壺を持たされるが、薬売りは意味について何も説明しない
それが気に入らない小田島は塩を踏み躙んでやろうと足を大きく上げる
しかし、足を下ろす前に薬売りが退魔の剣でそれを止める
「茶々を入れるのはいい。だがな、線を切るな」
「線?塩のか?」
「そうだ」
「ただの
「そう思っているならそれでいいさ。だが、この塩の囲いを踏むな。――絶対にだ」
ほぼ一周して戻ってきた薬売りと小田島の様子で何があったのか大体把握した薔は深く溜息を吐いて小田島に説明する
『神社で塩を供えるのを見た事はあるな?』
「あ、あぁ」
『神道において塩は穢れを払うのに使われる物だ。何故塩を使うのかには幾つか理由があるが、古い時代に
「おぉ…」
『この塩の囲いはさっき言った通り、結界を強めるのに必要なことだ。何もしないよりはずっといい』
「成程……」
これまたつらつらと詰まることなく説明した薔に小田島は勿論薬売りも感心した
流れの画師だと聞いていたが、ひょっとしたら神に仕える家の出なのかもしれないと薬売りは一人ほくそ笑んだ
これは思ったよりも強力な助っ人になるやもしれない、と