onychophagia
爪の上を、小さな刷毛がゆっくり動いていく。刷毛が通った後は、赤色のとろみのある液体が軌跡を成してつやつやと光っている。
机の上には赤い液体の入った小さなガラス瓶と爪切り、爪やすり。目の前にはニベアのリップでばっちり保湿した唇を引き結び、真剣な顔をしたユニョンヒョン。顔がすごくかっこいい。
「ヒョン、マニキュア塗るの上手いですね」
「そうかな?子供の頃よく妹にやらされてたからなぁ、はみ出したらすごく怒って」
「やってあげてたんですか?優しい〜」
「まあ?可愛い妹の頼みだから仕方なく?」
ふふん、とドヤ顔をするユニョンヒョンを見てけらけら笑う。
そう、マニキュアだ。僕は今生まれて初めてマニキュアを塗ってもらっている。
理由は単純、爪を噛まないようにするため。
「それにしてもヒョンよくこんなの持ってましたね」
「ね。なんで持ってたの?」
横で物珍しそうに見ていたチャヌとジナニヒョンが質問を投げかけると、ユニョンヒョンは何かを思い出すように右上を仰ぎ見た。顎に手を当てて、うーん、と唸る。
「なんでだっけ…?俺こんなの買った覚えないしなぁ、ファンからのプレゼントじゃないですかね」
「へー、なんにしても偶然だね…あ、ジュネだ」
ジナニヒョンの言葉にドアの方を見ると、ちょうどジュネがドアを開けてリビングに入ってくるところだった。
「風呂空きましたよ、お次どうぞー…っと、ドンヒョガなにしてんの?」
「マニキュア塗ってる」「俺がね」
「いやそうなんだけど…つか二人は?」
「僕お風呂はいっていいですか?」
「僕はいいけど二人ってどの二人?」
「バビヒョンとハンビニヒョン、用あんだけど」
ダメだ五人もいたらうるさすぎる。とりあえずお風呂に入りたがる可愛いマンネのチャヌを送り出し(厄介払いじゃないよ)、周りを見渡した。そういえばいないな。
「ほんとだ、どこだろ」
「今やめといた方がいいんじゃない?さっき二人で部屋入ってくとこ見た」
苦笑いするユニョンヒョンの言葉に僕の動きは一瞬止まる。今はやめといた方が良くて、二人で、部屋。ああ嫌だ。心がざわつく。ジュネが気まずそうにちらっと僕を見る。やめろ、見るな、腫れ物に触るみたいにしないでよ。
変な空気になりかけた中、ジナニヒョンが声を上げた。
「ねむーい、ユニョ〜ベッドまで運んで〜」
「ええ?もーしょうがないですね、よっ、と」
「あー俺がやります!」
「ジュネはいい」「はい」
断られてるし。しかもあからさまに落ち込んでる。でもジュネ、お前が求めてるのはこういうことだよね?ジナニヒョンが自分に振り向かないって分かってるから安心して好きでいられるんでしょ?わがままだね、お前。
『ベッドまで運んで』
ぎゅ、と喉が絞まる。
さっきのジナニヒョンの顔がハンビニヒョンの顔になって、ユニョンヒョンの顔がジウォニヒョンの顔になる。ハンビニヒョンを軽々と抱え上げてベッドに優しく下ろす。そのままゆっくり押し倒して、ジウォニヒョンがハンビニヒョンに覆い被さって悪戯っぽく笑う。
嫌だ、嫌だ、考えるな。
そう思っても映像はどんどん先へ進もうとして、
「っ、おい」
手首を掴まれて我に返る。最近こういうの多いな。やだな。目の前には少し焦った表情のジュネ。
「まだ爪乾いてねえだろ、さすがにそれはマズイんじゃねえの」
「二重の意味で?」
「心配して損したわ」
咄嗟に口から出たのはしょうもなさすぎる言葉だった。ジュネは呆れて僕の手首を放す。ごめんねジュネ…。
「僕またやっちゃってた?ダメだな…」
「もうバビヒョンのこと考えんのやめれば?」
息が止まった。
「なんっ、で分か、」
「お前バビヒョンのこと考える時いっつも爪噛むじゃん。わかりやすすぎんだよ」
わかりやすい?そんなに?じゃあもう、気付かれてる?みんなに?
世界ががたがた揺れているように見える。上手く息ができない。だって、こんなのがばれたら、僕はどうやって、どうすればいい?
「あ、いや、俺以外は知らねえみてえだけど!けどほんと、バビヒョンってより爪噛むのもうやめとけよ。ユニョンヒョンとかすげえ言ってるぜ?今日もドンヒョギが爪噛んでた、早くやめさせなきゃって」
だからそんな顔すんな大丈夫だから、とジュネが必死でフォローしてくれるのでなんとか正気を取り戻す。ジュネにここまで気使わせるとか僕どんな顔してるんだろ。相当ひどい顔なんだろうな。
僕は目を閉じて、それからゆっくり瞼を上げた。
もう疲れた。
もうやめよう。
「ごめん。大丈夫…、ごめんね。もう爪噛むの、やめる、から」
僕がそう言うと、ジュネはそれがいいわと呟いて立ち上がった。
「あー、まあ、深く考えすぎんなよ。な?」
そして部屋から出て行きぎわにぎこちなく僕の頭を撫でる。あー、なんか泣きそうだ。不器用なジュネの優しさが沁み渡る。
「うん、ありがとう」
僕は、ジウォニヒョンを好きな自分を殺すことに決めた。
机の上には赤い液体の入った小さなガラス瓶と爪切り、爪やすり。目の前にはニベアのリップでばっちり保湿した唇を引き結び、真剣な顔をしたユニョンヒョン。顔がすごくかっこいい。
「ヒョン、マニキュア塗るの上手いですね」
「そうかな?子供の頃よく妹にやらされてたからなぁ、はみ出したらすごく怒って」
「やってあげてたんですか?優しい〜」
「まあ?可愛い妹の頼みだから仕方なく?」
ふふん、とドヤ顔をするユニョンヒョンを見てけらけら笑う。
そう、マニキュアだ。僕は今生まれて初めてマニキュアを塗ってもらっている。
理由は単純、爪を噛まないようにするため。
「それにしてもヒョンよくこんなの持ってましたね」
「ね。なんで持ってたの?」
横で物珍しそうに見ていたチャヌとジナニヒョンが質問を投げかけると、ユニョンヒョンは何かを思い出すように右上を仰ぎ見た。顎に手を当てて、うーん、と唸る。
「なんでだっけ…?俺こんなの買った覚えないしなぁ、ファンからのプレゼントじゃないですかね」
「へー、なんにしても偶然だね…あ、ジュネだ」
ジナニヒョンの言葉にドアの方を見ると、ちょうどジュネがドアを開けてリビングに入ってくるところだった。
「風呂空きましたよ、お次どうぞー…っと、ドンヒョガなにしてんの?」
「マニキュア塗ってる」「俺がね」
「いやそうなんだけど…つか二人は?」
「僕お風呂はいっていいですか?」
「僕はいいけど二人ってどの二人?」
「バビヒョンとハンビニヒョン、用あんだけど」
ダメだ五人もいたらうるさすぎる。とりあえずお風呂に入りたがる可愛いマンネのチャヌを送り出し(厄介払いじゃないよ)、周りを見渡した。そういえばいないな。
「ほんとだ、どこだろ」
「今やめといた方がいいんじゃない?さっき二人で部屋入ってくとこ見た」
苦笑いするユニョンヒョンの言葉に僕の動きは一瞬止まる。今はやめといた方が良くて、二人で、部屋。ああ嫌だ。心がざわつく。ジュネが気まずそうにちらっと僕を見る。やめろ、見るな、腫れ物に触るみたいにしないでよ。
変な空気になりかけた中、ジナニヒョンが声を上げた。
「ねむーい、ユニョ〜ベッドまで運んで〜」
「ええ?もーしょうがないですね、よっ、と」
「あー俺がやります!」
「ジュネはいい」「はい」
断られてるし。しかもあからさまに落ち込んでる。でもジュネ、お前が求めてるのはこういうことだよね?ジナニヒョンが自分に振り向かないって分かってるから安心して好きでいられるんでしょ?わがままだね、お前。
『ベッドまで運んで』
ぎゅ、と喉が絞まる。
さっきのジナニヒョンの顔がハンビニヒョンの顔になって、ユニョンヒョンの顔がジウォニヒョンの顔になる。ハンビニヒョンを軽々と抱え上げてベッドに優しく下ろす。そのままゆっくり押し倒して、ジウォニヒョンがハンビニヒョンに覆い被さって悪戯っぽく笑う。
嫌だ、嫌だ、考えるな。
そう思っても映像はどんどん先へ進もうとして、
「っ、おい」
手首を掴まれて我に返る。最近こういうの多いな。やだな。目の前には少し焦った表情のジュネ。
「まだ爪乾いてねえだろ、さすがにそれはマズイんじゃねえの」
「二重の意味で?」
「心配して損したわ」
咄嗟に口から出たのはしょうもなさすぎる言葉だった。ジュネは呆れて僕の手首を放す。ごめんねジュネ…。
「僕またやっちゃってた?ダメだな…」
「もうバビヒョンのこと考えんのやめれば?」
息が止まった。
「なんっ、で分か、」
「お前バビヒョンのこと考える時いっつも爪噛むじゃん。わかりやすすぎんだよ」
わかりやすい?そんなに?じゃあもう、気付かれてる?みんなに?
世界ががたがた揺れているように見える。上手く息ができない。だって、こんなのがばれたら、僕はどうやって、どうすればいい?
「あ、いや、俺以外は知らねえみてえだけど!けどほんと、バビヒョンってより爪噛むのもうやめとけよ。ユニョンヒョンとかすげえ言ってるぜ?今日もドンヒョギが爪噛んでた、早くやめさせなきゃって」
だからそんな顔すんな大丈夫だから、とジュネが必死でフォローしてくれるのでなんとか正気を取り戻す。ジュネにここまで気使わせるとか僕どんな顔してるんだろ。相当ひどい顔なんだろうな。
僕は目を閉じて、それからゆっくり瞼を上げた。
もう疲れた。
もうやめよう。
「ごめん。大丈夫…、ごめんね。もう爪噛むの、やめる、から」
僕がそう言うと、ジュネはそれがいいわと呟いて立ち上がった。
「あー、まあ、深く考えすぎんなよ。な?」
そして部屋から出て行きぎわにぎこちなく僕の頭を撫でる。あー、なんか泣きそうだ。不器用なジュネの優しさが沁み渡る。
「うん、ありがとう」
僕は、ジウォニヒョンを好きな自分を殺すことに決めた。