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onychophagia

あなたは最初からあの人のものだった。
知ってる。
僕のものになることはない。
それも知ってる。
あの人はあなたのもの。
知らないわけない。
僕はあなたのものになれない。
知ってるんだ。
知ってる、全部知ってるけど、心が追いつかないんだよ。
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございました!」
「またよろしくお願いします!」
そんな声が飛び交う中、次々に車に乗り込むメンバー。周りはもう真っ暗だ。
一番後ろにジュネ、チャヌ、ハンビニヒョン、バビヒョンの順で座り、真ん中の列は僕、ユニョンヒョン、ジナニヒョン。ジナニヒョンは「ジュネの隣だと寝かせてくれないから」と離れたらしい。ジュネヤ、引くことも覚えろ。
走り出した車の中は静かだった。みんな寝ようとしてるんだろうな。チャヌなんか頭から上着被ってるし。エンジンの音、カーステレオから小さく流れる誰かの歌声。懐かしいような、初めて聞くようなメロディに乗せて、英語の歌詞が流れる。
僕はなんだか眠る気になれなくて、じっと窓の外を見つめていた。
ジウォニヒョンとハンビニヒョンはいつでも息ぴったりで仲が良い。いつも二人で幸せそうだ。今日の撮影でもそう。前にキム三兄弟、後ろに僕ら四人。すごく仲が良さそうで、僕は正直、そこに居続けたくなかった。僕の心は血を流し、首を絞められて泡を吹いていた。
声を上げて逃げてしまいたかった。
ふたりは暖炉だ。とても温かくて幸せで、柔らかな光で周りを照らす暖炉。みんな幸せそうに暖炉に当たっている。そして僕は、炎が出す一酸化炭素が体に回って瀕死になっている。僕だけがおかしいんだ。ジュネがこっちを見てる。ジュネだけが気付いてる。他は誰も気付かない。息が苦しい。そこから逃げたい。でもそうしたら温かさと幸せからは遠ざかる。僕は暖炉のそばを離れられない。生かされながら殺されているみたいだ。息が、詰まる。
エアコンから吹き付ける温風で目が乾いて、何度か瞬きをした。ああ、しぱしぱする。もう切ろうか?いや、でも寒いな。
街路樹、路駐の自転車、安っぽいラブホテル、今にも切れそうに点滅するネオン管、廃墟みたいなボロのスーパー。次々に窓枠に入り込んでは消えていく。
この世界に僕ひとりだけが残されたような気分だった。
ひとりだ。ぼくは、ひとり。
聞こえる。小さないびき。これはたぶんジウォニヒョンの。ジュネの寝息。ハンビニヒョンが小さく呻いた。どんな夢を見てるんだろう。ジウォニヒョンもいる夢かな。ちょっと羨ましいかも。いや、やっぱいい。
本当にみんな寝たんだろうな。なんか僕だけ取り残された感じ。僕も寝てみんなと同じところに行きたいけれど、眠れないんだ。やっぱり僕はひとり。ああ、苦しい。ひとりじゃ息ができない。酸素が流れてこないんだ。
「ドンヒョギ」
そう思っていたのに、横から手が伸びてきた。温かい手。みんなを起こさないように、低くやさしい声が僕の名前を呼ぶ。ひゅ、と息を吸い込んだ。
白く綺麗な手は、そっと僕の手首を絡め取って膝の上に連れていく。手が移動して、僕の手を包み込み、指で優しく僕の爪を撫で始める。
「噛んじゃだめ」
手の持ち主は、小さい子に言い聞かせるようにそう告げてから優しく笑う。ね、と。
僕の手を引いて、ひとりきりの世界から連れ出してくれたのは、ユニョンヒョンだった。
窓から入る明かりに照らされ、その笑顔はとても美しく見えた。
「ぼ、…僕噛んでました?」
思わず声が上ずる。
「噛んでた噛んでた。…ねぇ、そんなに考えなくていいんだよ?」
考えなくて?
「なにを、」
まさか気付かれているのか?ジュネのみならずユニョンヒョンにまで?
悪い想像が膨らんで、腹の底が冷えるような恐怖に襲われる。しかし、帰ってきた答えはあっさりしたものだった。
「知らないけど…ドンヒョギ、考え事するとき爪噛むでしょ。大丈夫、深く考えることない。たぶんね」
「ふふっ、たぶんですか?」
「知らないもーん。帰ったら爪綺麗にしようね」
「はぁい」
車は進む。幽霊でも出そうな病院や馬小屋みたいな電車駅が車窓を流れ続ける。寒々しく寝静まった夜は静かで、でも僕はもう一人ではなかった。繋いだ温かい手がそれを教えてくれた。息は、もう苦しくなかった。
さっきまでの苦しさが嘘のようで、まるで悪い夢から覚めたようで、なんだか泣き出したいような気持ちがした。
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