小ネタ
SSよりも小さなお話を置く場所。
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ただ、夢を見る
20251108(土)19:09男はいつかの夢を見る。
ただ幸せそうに笑みを浮かべる女の姿。
一凛の花を大切だと言わんばかりにその手に持ったその女は、はにかみながら男の名を呼ぶ。
『だいすきですよ、――様』
柔らかに微笑み、そう言った女。
風が攫うように彼女の髪を弄ぶ。
『お前はいつもそればかりだな、――』
馬鹿にするようなその言葉が、照れ隠しからだと分かっているのだろう。
酷いですね、なんて言う癖にアイツはいつも通りに笑っていたから。
だからいつだって安心してしまう。
その名を再び呼べたなら、どれだけ幸せなことだろう。
もう二度と叶わぬ夢だと知りながら、それでも幸せないつかの夢を見続けてしまう。
もう二度と還らないその場所に、お前の隣に。もう一度在れたならば、と。
願い、乞うたところでその世界が返って来ないことは分かっているが。
何かの奇跡が起きて、もう一度お前を抱き締めることが出来たなら。
――今度こそ決して、その手を離してなんてやらない。
愛なんて生易しい。愛しているだなんて当然な感情ではもう追い付かない。
ただの執着なのだと人は笑うのかも知れない。
それでもこの感情を愛だと、まだ思ってくれているのであれば――
傍に置く為だけに遠ざけた。
ただひとりの男のエゴの為に、ただひとりをこの牢獄に繋ぎ留めた。
常春の世界で、死と言う概念のない、この世界で。
地獄というものが存在するのであれば、きっと。
こういう形をしているのだろうな。連作幕の外
幾歳経ても
20250302(日)19:30百年待った。それは確かで、だからこそ思うのだ。
「百年だって、二百年だって、千年だって変わらねぇ」
お前が戻ってくるのなら。お前が帰ってくるのなら。
「どれほど時が経とうとも、俺はお前をただ待ち続けるだけさ」
灰色の石の前で、ただひたすらに待つ俺はあまりに滑稽なことだろう。
知っている。分かっている。あいつはもう戻らない。帰らない。
それでも俺は待っている。あいつが戻ってくるのを、帰ってくるのを。
「なぁ、」
こんな滑稽な俺のことを、お前は今でも笑って……そうしてまた受け入れてくれるかい?
瞼を閉じればそこに浮かんだあいつの笑顔に、ああ、お前はそういうやつだよなぁ、と口角を上げた。
いつかその日が来るまで。いつかその日の為に。
お前をただ、待ち続けよう。
百年待ったんだから。これからどれだけ月日が経っても変わらない。
変わらずここで、待ち続けよう。散文
さあ、生きて
20240727(土)17:44この世界で一番大事にしたかった存在だった。
俺はそれでもその決断を下さなければならなかった。
「……魔女に、鉄槌を」
静かに響いた声は、自分でも驚くほどに冷たくて。
『魔女』と呼んだ彼女の顔を見ることが出来なかった。
家臣に連れ去られる彼女は何も抵抗しない。分かっているのだ。
少しでも抵抗すれば自分ではなく――俺の命が危険に晒されることを。
俺は自分の保身の為に愛する妻を売り、殺すのだ。
彼女が死ぬくらいなら、俺が死んでも良かったのに。
それが『魔女』である彼女を娶った俺の覚悟だったのに。
『わたしが死んだら、きっとあなた、おかしくなってしまうでしょうね』
ああ、そうだよ。俺はお前だけしか信じられない。
この世界で、何よりも誰よりも、お前だけが大切なんだから。
『だから、わたしが呪いをかけましょう。魔女らしく、あなたに』
やめてくれ、と思うのに。
『――』
笑顔を見せる彼女は確かに呪いの言葉を吐いた。
お前を愛している故に、何年経とうともきっとその呪いを解くことは出来ないのだろう。
それが魔女――俺の妻が俺に与えた、祝福という名の呪い。散文
百日前
20240622(土)18:16きっと切っ掛けなんて大したことじゃなかった。でも、私は由紀くんを守りたいと思ったから。だから私は由紀くんのことを今でも守っているのかも知れないね?
そんなことを由紀くんの友人の男の子に話せば、彼は「へぇ?」と面白そうに笑った。
「まるで由紀が誰かに狙われているみたいな話だ」
「きみは由紀くんと違って『コレ』が視える人間だろう?」
「まあ、視えたところで僕には何も出来ないんだけれどもね?」
「はは、冗談が過ぎるな」
きみにはあまりに巨大な力が隠されているじゃないか。まるで由紀くんを守る為にこの世界に舞い降りたと言っても過言ではないね。
「買い被り好きだし、どうして僕が由紀を守らなくちゃいけないんだい? きみが守り続けるんだろう」
昔から今まで。そうしてこれからも。
その言葉に私は静かに瞼を伏せて、小さく呟いた。
「私は、これから百日以内に死ぬだろう」
「……それが『先読みの力』で視た、これからきみに起きることなのかな?」
「そうだよ。ああ、由紀くんには言わないでおいて欲しいものだけれどもね」
「僕がきみとの約束を守るとでも?」
「守るだろう?」
何を当たり前のことを言っているんだとばかりにそう言えば彼は呆れた顔をしながら肩を竦めた。
「まあ、死人に口なしと言うくらいだしね。死ぬまでは言わないでおいてあげるよ」
「それでいい。感謝する」
最期まで私は由紀くんを守りたいし、最期くらいは正直静かな場所で眠らせて欲しい。
由紀くんは賑やかな人だけど、私のことがあまり好きではない。
でも、少し……ほんの少しくらいは泣いてくれるかも知れない。
望むのはその程度でいい。その思いだけで私はこれからの百日を生きていける。
大概な程に惚れてしまったものだ。たった一度。たった一度だけ助けてもらった。それだけなのに。
「私はね、きみにも感謝しているんだ」
「驚いた。きみは僕のこと嫌いだと思っていたから」
「今でもそんなに好きではない。でも、由紀くんの傍で見返りを求めずにいてくれる友人は少ない。それが私には嬉しいんだよ」
「……見返り、ねぇ?」
彼は少しだけ考える素振りを見せて、そうして「まあ、いいか」と笑う。
「僕はきみの秘密を握れたわけだしね」
「なんの話だ?」
「ナイショ」散文
あなたと云うただ一人
20240517(金)11:01私と云う人間は、あなたにとってはきっと大した存在ではなかったのでしょう。
私はあなたに何かを残せた人間ではなかったのでしょう。
けれども私は、あなたと云う人間を愛していました。
それは雛鳥が最初に見たものを親と認識する刷り込みのようなものであったのかも知れませんが。
それでも、私は——
「あなたを、愛していたのです」
例えこの想いが刷り込みでも良かった。何が切っ掛けとなっていても良かったのです。
私はあなたと云うただ一人の人間を愛しました。
それが罪となるのなら、その罪は私一人で受けましょう。
これはあなたが受けるべき罪ではないのですから。
「あなたに、幸多からんことを」
嗚呼、でも。欲をいうのであれば。
——私もあなたに、愛されてみたかった。散文
いとしいとし僕の蛇
20230419(水)19:48いつかこの身が朽ち果てて。
いつかこの魂が地獄に堕ちた時。
少しでも蛇は、僕という存在から解放されるだろうか?
そんなこと僕が許せないというのに。
いつかの柔らかな日々の記憶が僕の覚悟に邪魔をする。
ねえ、蛇。僕はただ、お前を想って生きて、そうして死にたかっただけなのに。
そんな優しい夢すらも、もうただの夢だ。
それが神を娶り、神を堕とした、神からの罰なのだろうか?
「愛しているよ、蛇」
永遠に。お前だけを。
優しい蛇が僕のことを拒絶出来ないことを良いことに傍に置き続けている。
そんな愚かな男のこと、今の蛇はきっと微塵も想ってはいないのだろうけれども。
僕はずっと、お前だけを想っている。散文続かない筈だったその後
こんな日もたまには、/天魔界事変 異聞
20230125(水)21:13「魔王様ぁぁぁ!! どこにいらっしゃられるのですかぁぁぁ!!」
悲鳴のような叫び声。私は静かにやり過ごします。たまの休暇、というやつでしょうか? 私にも何も言わずに一人になりたい時というやつがあるので、こっそり執務室から出たのが一時間前。
天界へ言い付けた用事を済ませた側近が気付いたのが、数分前。只今、私の大捜索が行われていました。
「やあ、魔王。こんなところで何してるの?」
「……」
「待って待って!? 無言で手から炎出さないで!? 僕はただ魔王に会いに来ただけなんだよ!」
「私に? 何故?」
「好きな子には会いたくなっちゃ、グファ」
「私が言うのもなんですが仕事をしなさい堕神」
「今のは効いたよ、魔王……」
右ストレートを無駄に良い顔に向けて放ちました。見事なまでに無抵抗だった神は崩れ落ちましたが、むくりとゾンビが生き返るかのように起き上がってきました。この場合はキョンシーでしょうか?
まあ、どちらでも構いませんが。
「で? どーする?」
「何がですか……?」
「攫ってあげようか。この世界の果てまで、きみが満足するまで。いくらでも」
「……言葉だけでは証明出来ませんよ? どこに連れて言ってくれるんですか?」
「手始めに、甘味処とかどうですか? お姫様」
「是非も無し」
「では、お手をどうぞ」
差し出された手。重ねるように神の手に手を重ねました。連作幕の外
羽根をもいで、手足を封じて
20230111(水)20:47いつかきみが居なくなり、僕の傍を離れるというのであれば。
僕はその手足を繋いで、永遠に離してなんてあげない。
「そういう覚悟は僕にはあるよ」
「気色悪ぅ……」
「酷いな。本気なのに」
「本気だって方が余計に気色悪いんよ、オニイサン?」
「えー、じゃあ僕から離れないでくれる?永遠を共にしてくれる?」
「その思考回路どこからくんの?やだよ」
「じゃあ、やめない」
そう笑うオニイサンは私の手首をそっと撫でた。
どうせ私に似合う手錠の色でも考えているのだろう。
何を考えているのか丸わかりなのでめちゃくちゃ気持ち悪い。
「私はそうそう捕まってあげられないよ?」
「いいんだよ、今のところは自由なきみも愛してあげられるしね」
「今のところ、ってところが気になるんだなぁ」
これが私の日常なのだ。ぞっとするね。
オニイサンはきっといつか私を監禁するかも知れないけれども、その時はきっと私も受け入れているのだろうな。
まあ、今のところはそんな予定はないけれども。
「ふふ、僕のことお見通しですって顏してる。可愛いね」
「気色悪いんですわぁ……」
「酷いなぁ」
クスクスと笑うオニイサンはそんなこと微塵も思ってないのだろうなぁ。散文
雷鳴から太陽へ/灰青の音色
20230110(火)22:38雨音に紛れる雷鳴。
その音が私を苛むのは、いつからか。
あの日のまま私は何も変わらない。
あの日にすべての音を置いて来てしまったから。
だから私は前に進めないで居る。
そんな言い訳をしながら、生きていくのだと思っていた。
ある日、眩いばかりの光が私の目を焼いた。
そうすると視界はいつからか見え方が変わってきたのだ。
不思議な気持ちになった。
それはある意味、生まれ変わったとような気分だったから。
「あなたが私を変えてしまったのね」
眩い光に声を掛けた。
雷雲の中に居た私を明るい日差しが届く場所に連れて来た人。
その人はきょとりとした顔をしながらこちらを見て首を傾げる。
「どういうこと?」
本当に不思議そうな顔をするものだから。
それがとてもおかしくて私は少しだけ笑ってしまった。散文連作幕の外
海の中揺蕩う
20221230(金)21:11「海に行きたいわ」
そう言い出したきみは何故だか悲しそうな瞳をしていた。
「それはダメだよ」
海は彼女にとってとても危険な場所だから。
だから僕は首を横に振った。
「海に、いきたいわ」
もう一度同じ言葉を発する彼女。その瞳は相も変わらず悲痛な色を宿していた。
海に連れていけば彼女はもう二度と帰ってこれないだろう。
そう分かっているのに、どうして。
その尾びれは二度と大海を泳ぐことも出来ず、その美しい鱗は二度と海水を叩くことは出来ない。
彼女は人魚だ。海に居ることが当然なのはわかっている。
けれども――
「ねえ、どうして……」
「……海に、いきたいわ」
同じ言葉を繰り返す彼女は、壊れてしまっている。
二度とその心がこの世界に帰ってくることはないだろう。
海は危険だ。人間である僕と共に生きようとした彼女を殺そうとした。
だから僕はこの家で彼女を匿っている。――大切な家族に憎悪を向けられ殺されそうになったショックで壊れてしまった彼女を。
彼女が海に行きたいと、海で死にたいと、そう願っているのであれば叶えてあげればいいのかも知れない。
でも僕は弱いからか、それとも彼女に魅了されたのか。
それはもう分かりようもないけれども。
「きみを手放せない僕を、どうか許さないで欲しい」
許されたいだなんて思わないから。
どうか、どうか。
きみの心がもし帰って来てくれた時に、きみの傍に居られるのが僕でありますように。散文
