小ネタ

忘れてなんてやらねぇよ

2018/03/11 22:04
「馬鹿みたいに愛してください」

にこりと笑ったお前は病室のベッドの上で、そう言った。

「今までも愛してやったろ」

俺は引き攣りそうな喉を振り絞って声を発する。
お前は首を振って、ただ笑いながら残酷な言葉を落とす。

「私を忘れて、他の人のこと、馬鹿みたいに愛してあげてください」

その言葉に何も言えなかった。
いっそその蒼白く痩せた頬を抓って、伸ばして、そうして目を見て。

『俺が好きなのも、愛するのも、お前だけだ』

そう言えたなら良かったのに。
こんな時に俺の悪癖であるつまらないプライドが邪魔をする。

「……そうだな。お前なんか、居なくなったら清々するかも知れないな」

「……ふふ、その勢いで忘れちゃってくださいな」

居なくなる者のことなんて、早く忘れて。
そうして幸せになってくださいな。

お前は笑うから。
その笑い方が辛い時の笑い方だったから。
俺は仕方が無いと、つまらないプライドをかなぐり捨ててお前を抱き締めた。

「仕方ねぇから、忘れないでやるよ」

「ふふ。忘れてください」

「ばーか、仕方ねぇから、愛してやるよ」

「なんですか、それ」

小さくなっていく心臓の音に耳を傾けながら、ただ、ただ。
このぬくもりが消えるまでは抱き締めていようと。
細くて骨と皮だけになってしまった身体に回した腕に力を込めた。

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