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それは暴力的なまでの愛だった。

「今日も可愛いね、マイハニー」

「はいはい、そう言うアンタの首筋には紅い痕が付いてますけども?」

「それとこれとは別さ。何せ僕は吸血鬼だからね?人間から血を対価に生きている。対価には対価を。少しくらい気持ちイイことを経験させてあげるのもまた対価」

「その心は」

「人間の女の処女を奪うのが楽しい」

「このクソ野郎が」

「なんとでも言えばいいさ」

へらへらと笑うドクソ吸血鬼に私は、はあ、と呆れたような溜め息を吐いた。まあ、呆れてるんですけどもね?
こう見えても私達は夫婦だ。改めて考えるといやな事実だなァ……。悪夢かなこれ、とも思うけれども夫婦だ。
夢なら早く覚めて欲しいレベルで嫌だけれども夫婦なのだ。
なら何故、夫の浮気を容認しているかって?
私の血が超ド級に不味いからである。
いやまあ、魔女である私の血が美味しいわけがないんだけれども。
なんならいっそ毒でしかないし。
だから容認するのか、と言われたら……少しだけ心が苦しくなるけれども。
だって、ねえ?誰が好き好んで好きな人を殺したいと思いますかね。
まあ、たまに殺したくはなるんだけどもね?
それでも、と思うわけでして……。

「ハニー?どうしたんだい?」

「なんでもない。ああ、そうだ。ちょっと今日はあの馬鹿の様子見て来なきゃだから、出掛けてくるけど……」

「うん。僕のことは気にせず行っておいで。大事な親友殿のことを心配するハニーも可愛いね」

「はいはい、それじゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい、ハニー」

そう言って綺麗な顔で笑うものだから、私はどんな顔をしていいか分からなくて、少しばかり俯きがちに家を出た。


***


「いや、ほんとどうしたらいいかな?」

「えー、それ今まさに奥さんについうっかり魔女の血液入りマフィン食べさせちゃった僕に言う?まあ、血液はもちろん僕のだけど」

「そんな当たり前のことは聞いてない」

「ほんと昔から頑固だよねぇ。今日も『親友』の元に行ってるモノだとばかり思ってる旦那さんカワイソ」

「思ってもないこと言う?」

「僕は奥さん以外興味関心ないの。御分り?」

「分かってるけどさぁ……」

「きみの親友は確かに『魔女』だけど、それがまさか『男の魔女』だとは一切思ってないんでしょ?旦那さん」

「まあ、だって『魔女』は階級名だから……」

「言わなくても分かるでしょ?って、そういうのがね一番壊れやすいんだよー。言葉で伝えなきゃ」

寂しいんでしょ?構って貰えなくて、他の女の破瓜を散らす旦那さんに自分の血を飲んでもらえなくて。

そう言う親友に言われ、私はグッと黙った。
親友の言う通りだ。私は寂しいし、なんなら私の血を吸って欲しい。
でも、魔女である私の血を吸うということは、即ち死を意味する。
幾ら吸血鬼が不死に近しい存在だからって、そんなことは出来ない。
もしうっかり殺してしまったらと思うと怖い。
他の女を抱く夫を、他の女の匂いをさせる夫を見るのは嫌だとも思うけれども。

「んー……まあ、あの旦那さんが本当にきみ以外を見るとは思えないんだけど……吸血鬼の性だけは変えられない。僕だってそれは分かってる。だから定期的に奥さんを僕の血液で仮死状態にさせるんだけどね?」

「私もアンタほど発想が物騒だったら良かったのかなぁ」

「ま、僕も奥さんとの時間を邪魔されるのは嫌だし、少しだけ協力してあげる」

「協力?」

「うん。めっちゃくちゃ嫌だけどね?」

邪魔されるよりはマシ。
そう言った親友は、私に近付き、そうして私の胸元に腕を伸ばした。
ビリっとシャツが破ける音が聞こえて、呆然としてしまう。
え、何?私……今、何されてる?
そんなことを考えている内にジュッと肌を吸い上げられる音がする。

「ちょ、っと?冗談?」

「うん。まあまあ冗談」

顔を話した親友はペロリと唇を舌で舐めて、ニッコリと笑った。

「旦那さん、どんな反応するかな」

「……はあ、まさかアンタそんなことの為に自分の信念曲げたの?」

「一応僕もきみのことは親友だと思っているからね」

あ、でも下手なこと言って僕のこと殺させないでね?愛しの奥さん遺しちゃうことになるから。

「アイツがこんなことで動揺するとは思えないんだけど……」

「モノは試しだよね」

レッツトライ!なんて言いながら私は親友夫婦が住まう家から追い返された。
いや、これ絶対アンタが邪魔されたくなかったからじゃない。というか乙女のシャツ破いて何してくれてんの?
なんて脳内で文句を垂れながら家路につく。
どうせアイツは気にもしない。そういう男なのだ、あの夫は。


***


「あれ?おかえり、ハニー。随分、はやか……」

「ただいま、ちょっと疲れたから部屋で休むわ」

「え、え?ちょっと待って?なんて格好しているんだいハニー?」

「? ああ、ちょっと悪戯でね。まったく、これだからあの男は……」

「おとこ?ハニー。もしかしてきみの親友という魔女は、男なのかな?」

「え、そうだけど?なに、どうしたの?」

「……」

口元を手で覆って呆然とする夫を見ながら、とりあえず着替えようと部屋へと向かう。
……筈だった足は、止められた。
誰にって?他でもない、夫にである。

「……に、きた」

「なに?聞こえないんだけど」

「何してきたんだい」

「普通に会いに行っただけだけど」

「じゃあ、どうしてそんな情熱的な格好なのかな?ああ、こんな痕までつけられて」

「……どうしたの?突然」

「どうしたの?どうしたのだって?僕はね、今、とてつもなく腸が煮えたぎっているところだよ」

紅い林檎のような瞳の瞳孔を縦に見開いた夫は、間違いなく激怒していた。
正直結婚してからというものずっと温和で浮気症な夫しか見たことなかったから驚いた。驚き過ぎて、声が出ないくらいには。

「僕はね、ハニー。きみが嫌がるから他の女で我慢していたんだよ?ずっとずっと、我慢していたんだ」

「……なに、が言いたいの?」

「僕はずっと、きみを抱きたかったんだよ」

「は?」

「それはもう、ずっとだ。でも破瓜を奪われた魔女の末路は魔力が失われる。もう魔界に居られない。僕と共に生きられない。だから僕は、ずっと我慢してきたんだ」

「いや、ちょっと待とう?アンタ何言ってんの?」

破瓜を奪われた魔女が魔力を失う?なんだそれ?初耳だわ。
そんな処女しか居ない種族が今まで生き延びてきたわけないだろ。冷静になれ。
そう言いたいのに、そう言えない雰囲気だ。
激昂とはこういうことを言うんだろうなぁ、なんて、どこか遠くで思っていた。

「ハニーが嫌がっても、もう知らない。僕はハニーを抱くよ。そうして人間界で暮らそう。そうしよう。僕も牙を抜いて、そうしたら二人で……!」

「落ち着け」

「っいたいよ!ハニー!」

「いや、もう色々落ち着け。本当に落ち着け。まず、私は処女じゃない」

「は、誰がハニーの貴重な処女を奪ったというんだい!?そいつ今から捻り殺してくるから早く名前を言うんだ」

「どうやって自分を捻り殺すつもりよ」

「え?」

「私の処女を奪ったのは、他でもないアンタなんだけど」

「ど、どういうことだい?僕にはまったく記憶がないんだが……」

「そりゃ、あんな酩酊してりゃあね」

「……」

酩酊の言葉に心当たりがあったのか、夫は黙り込んだ。

「次に、この痕もシャツも、親友がアンタが妬くようしたことだ」

不貞は働いてないぞ、とも付け加えておく。

「……ッなら僕は、ずっときみを傷付けるだけ傷付けていただけだというのかい」

「まー、そうなるかな」

目を大きく見開いた夫は、あまりに滑稽で笑ってしまった。いや、滑稽は言い過ぎか。
二人して何をしているんだか。全く以て、完璧なすれ違いである。

「怒鳴ってすまなかった……」

「いいよ、なんか、うん。こういうのもいいものだね」

「どういうことだい?」

「アンタ、ちゃんと私のこと好きだったんだね」

「は?」

「え、まさか違うの」

「い、いや!違う!そうじゃない!そうじゃないんだが……僕はきみを、愛しているんだ。好きなんて生易しい感情じゃないよ」

「あい?」

耳馴染みのない言葉過ぎて、オウムのように繰り返してしまった。

「愛してる。きみを愛している」

言葉を咀嚼して、そうして耳まで赤くなったのが分かった。
心臓がどきどきと高鳴っているのが分かる。
私は……愛されていたのか。
なんだ……なんだ。

「ど、どうして泣くんだい」

「アンタが、馬鹿だからよ」

「そ、そうかな?きみが言うならそれでもいいけど、僕はきみの笑った顔が好きなんだ。どうか泣かないでおくれ」

「うるさい、ばか」

「あ、今の言い方少しクるものがあるね」

「へんたい!」

そう叫んで、私は夫の胸を借りながら泣いた。
夫は私の罵倒を受け流しながら、背中を優しく撫でていてくれた。


「私もすきよ」

「おや、愛してはくれないのかい?」

「まあ、追々」

「ふふ、そうかい。それはそうと、初夜のやり直しをしようか」

「やだ」

「さすがに覚えていないのは僕も悲しいし、その痕をめちゃくちゃに上書きしてしまいたいから、幾ら愛しのハニーでも拒否権はないよ」

「ちょ、ま、やだってば……!」

「拒否権はないと言っただろう」

さて。

「たくさん愛し合おう、愛しのハニー」
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