SS 81~100

「死にたい」と彼女は言った。
もう生きる意味が見えないから、死にたいと。


「いい加減浮気にうんざりしていた所に加えて相手が妊娠したとかホントなんなのって感じだよね」


自嘲気味に笑う彼女に、けれど俺は言葉を返す。


「でも、そんな事で死ぬとか言うなんて先輩らしくないですよ?先輩なら一発ぶん殴って「幸せにしなさいよっ」くらいは言うかと思ってました」

「ああ、それはもうしたよ」

「じゃあどうして、」

「何と言うかね、5年もあんな奴に付き合ってたのかと思ったら疲れちゃったんだよ」


そうしたらまあ、漠然と死にたいなぁ、って思ってしまってね。


「先輩…」

「ああ、安心してよ。本当に死ぬわけじゃないからさ」


こんな事で死んだなんて、良い笑いものになっちゃうもの。


「……先輩。俺じゃダメですか?」

「……は?」

「俺なら恋人が泣いているのに放っておくような事もしませんし、宝物みたいに大事にします。それに収入もそこそこ良いんですよ?先輩には絶対に苦労はさせません。何より浮気なんて絶対にしないですし。どうです?優良物件だと思いませんか?」

「物件って、君ね」

「俺ずっと先輩のこと好きでした」

「……は、……いつから」

「中学の時から」

「そ、んなに?……馬鹿じゃないの?」

「はい。馬鹿です」


10年も片想い拗らせてる馬鹿です。
先輩に告る勇気もなくて、関係を変えるのが怖くて、でもただの後輩は嫌だってずっと思ってました。
そんな風に足踏みをしていたら先輩は恋人なんて作ってしまうし、正直先輩のこと恨みかけたりもしました。
自分の意気地がないせいだって分かっていても、俺以外の男を好きになる先輩なんて不幸になればいいんだって思ったこともありました。


「そ、」

「でもね先輩。俺は結局先輩が幸せに笑ってくれているならまだ諦められたんです。あんなどうしようもない人でも好きだって言ってるならそれで良かったんです」


だけど、


「先輩が幸せじゃないなら俺は諦められません。貴女が好きです。だから、俺を利用して下さい」

「そ、んなこと。出来るわけ…」

「いいんですよ。いつか先輩が俺を好きになってくれれば、いや、なってくれなくてもいいんです。指を加えて見ていた時に比べれば、貴女が泣いている時に抱き締められる権利を得た方が何倍もマシだ」

「……馬鹿だね」

「はい」

「こんな、どうしようもないでしょう?だって、私まだ、」

「はい。あの人の事が未練たらたらに好きな貴女でも、俺は好きなんです。だから、おあいこですよ」


ニコリと笑って、俺は今にも泣いてしまいそうな先輩を抱き締めた。


「先輩」


――好きです。


囁くようにそう告げた。
傷付いた先輩の心に、俺の好きが刷り込まれればいいと思いながら。







「あ、もしもし?うん、そっちも上手くいったみたいで良かった」


まあ、さすがにガキまで孕むアンタの執念には驚いたけど。


「アンタの思惑に乗ってあげたんだから、あの人をしっかり捕まえて離さないでね?もし万が一先輩に近付くなんてことになったら、ガキ共々どうなるか……分かってるよね?」


そう言えば、「それはこっちのセリフ」と鼻で嗤われた。


『絶対にあの人にあの女近付けないでよね』

「それはもう当然」

『じゃあいいけど』


アンタと話すのもコレが最後だろうからコレだけは言っとくわ。


『あの女にご愁傷さまって言っといて』

「はは。絶対言わない」

『でしょうね。わたしも言わないわ』


それじゃあ、さようなら。お幸せにね。
そんな言葉と共に電話は切れた。
こっちから掛けたのに言いたいことだけ言って切るなんて酷いなぁ。なんて思うけど、調子が悪そうだったから悪阻でも酷いのかと適当に当たりを付ける。


「ご愁傷様、ねぇ」


確かにそうだろうね。
だって今までのあの人の浮気も、今回の妊娠騒動も、全部全部今電話していた女と計画して起こしていた事なんだから。
俺は先輩を手に入れたくて、あの女はあの人を手に入れたくて。
全部全部、自分達の為に起こしたこと。
だけど実際に手を出したのはあの人だから、悪いのが俺達だけだと言われるのは癪だけど。
先輩は確実に巻き込まれただけの被害者ってことだけは確かなんだよね。


「でもだからって逃がす気もないので大人しく捕まってて下さいね」


哀れにも俺なんかに惚れられた可哀想な先輩。
早く早く俺を好きになって下さいね。
そうしたら貴女もきっと楽になれますよ。
今更貴女を逃げるだなんて出来ないんですから。


「まあ逃がす気もないんですけどね」


ゆるりと唇を吊り上げて俺はニコリと笑みを浮かべた。
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