SS 81~100

自販機で買った紙パックのジュースを飲み干して、さてそろそろ予鈴が鳴る頃かなと座っていたベンチから立ち上がり、中身の空になった紙パックをポイとゴミ箱の中に放る。筈だったんだけどなー…。


「……ナニしてるんですか」

「貴女の唾液が付いた神聖な物をこの僕がみすみす見逃す筈もないでしょう。だから拾いました」


神聖?
私には理解できない言語を発した、ネクタイの色が2年生を表しているので先輩だろう人。
何となくこのまま紙パックを渡してはいけない気がしたので口を開く。


「そうですか。でもそれはゴミなのでゴミはゴミ箱に入れて下さい」

「僕にとっては大切な宝物ですよ?貴女の体液が付いているかと思えば僕の身体は自然と興奮もしてきますし」

「シレっと何を言ってるんですか。捨てて下さいってば」

「嫌ですよ。第一貴女はコレを一度は捨てたじゃないですか!それを僕が拾ったところで貴女が困ることは何らない筈です!」

「困ります。主に精神的苦痛を味わいます。なので返して下さい」

「どうせまた捨てるなら貴女に返した所で何も変わりませんよ?」


首を傾げる変態、じゃなくて先輩は意味が分からないといった顔をしながら空の紙パックを私に渡した。
それを受け取ると、私は地面に落とし、思いっきり踏み締めた。


「……っな!?」

「これでただのゴミになりましたね」


ベコリと潰れた紙パックに刺さるストローの口には沢山の土が付いているし、これでこの紙パックには用はないだろう。
ようやく授業に行けると紙パックを拾いゴミ箱に再度捨てようとした時だった。


「今その紙パックは貴女に踏まれた聖なる物体へと変化しました…!端的に言います。下さい!」

「全力でお断り致します」

「何故ですか…っ!」

「いや、何でと言われても、簡単に言えば貴方が気持ち悪いからですが?」


今にも泣きそうな顔をする先輩……いや、もう変態でいいや。
変態に言い知れぬ気持ち悪さを覚え、考えるよりもまず先に口から漏れ出た言葉に変態は頬を赤らめた。


「……僕の存在が蛆虫以下だなんて、どこでそんな言葉攻めを覚えてきたんですか?興奮するじゃないですか。襲いますよ?」

「確か近くに職員室あったよね。ダッシュで逃げれば行けるか自分」


黄色を易々と飛び越えて赤色危険信号を受け取った私はこの変態から逃げるルートを考える為に必死に頭を働かせる。
変態はそんな私の様子なんて気にも掛けず、ゆらりと一歩近付く。
私は一歩変態から距離を取る為に後退る。
背後を見せたら終わりだと直感が告げていた。
頭の中の警報器は鳴り止まない。

だがしかしこの程度の恐怖は中学の時に友人と肝試しをした時に本物さんが出て、恐怖から笑いが止まらなくなった時よりは軽い軽い。友人は恐怖もなく笑っていたけれど。
あの時に比べれば今なんてたかが頬を紅潮させ荒い息を吐きながら迫ってくる目のイった変態から逃げるだけじゃないか。
余裕だ自分。勇気を出せ自分。本物さんを私と友人の爆笑でドン引きさせた上で泣きながら成仏させた事だってあるじゃないか。


よしっ。


「逃げるが勝ちっ」

「逃がしませんよ!」


……無理でした。
いやだって普通スカートを引き下げる勢いで掴まないから。
マナー違反だから。


「貴女の体液付きの貴女に践まれた紙パックの為なら僕はなんだってしてみせます」

「凄い格好良く言ってるけど、言ってることとやってることは最低だからね?」

「なんとでも言って下さい。僕は貴女に一目惚れした時から貴女の一挙手一投足に興奮しますから」

「わぁお。私と貴方は今日初対面な筈ですが?」

「はい。でも僕は貴女の事なら何でも知っていますよ。好きな食べ物を最後に残すタイプだという事からシャンプーは何を使っているか、身体を洗う時はまず左腕から洗い、寝間着は可愛いパステルカラーのものを好んで着ることも、夜寝ている時の寝言だって全て知っています」

「やー。凄いね。怖すぎて逆に何も怖くないとかナニコレ」

「ですからどうか貴女のその右手にある聖なる物体を僕に下さい…!悪いようにはしませんから!ちょっと永久保存するだけですから!」

「凄いや。貴方の言葉の何も安心できる要素がない」

「貴女への愛は本物ですからどうかそれだけは安心して下さい」

「せめてそれだけは偽物でも良かったと思うな」


しかしこれ以上はもう私の精神状態が持たない。
なら、どうするか。
――そんなの答えは1つだ。


「……分かりました。紙パックは差し上げます」

「本当ですか!」

「はい」


ただし、


「もう私に付き纏わないで下さいね」

「……っそんな、究極の選択をしろっていうんですか!?この場面で更に僕を焦らすなんて…っやはり貴女は僕好みの素晴らしい女性です!僕の子供をサッカーチームが出来るくらい孕んで下さい!」

「色々突っ込みどころは満載何ですけど」

「突っ込むのは僕ですよ?」

「黙れ変態」

「言葉責めとか興奮します…!」

「そうですか?私は頭が痛いです」

「それは大変です!ささ、膝をして差し上げます。真上から見下ろすのは流石に初めてなので、ああ、想像しただけで興奮します…っ!」


真上“から”は初めてとか凄い気になる発言は一先ず置いておいて。
私は変態に向き直ると口を開いた。


「私、変態とか嫌いなんで。とりあえず視界から失せて貰えませんか?」

「分かりました!新手のプレイですね!貴女を楽しませられるように頑張ります!」


嫌がられるかと思いきや、ポジティブ過ぎるくらいに私の言葉を解釈したらしい変態は案外素直に頷いた。

頑張らないでいい。
心底頑張らないで欲しい。

そんな心の声は、残念ながらこの変態には届かなかったようだ。
直ぐ様走り去って行った変態は私の視界の端からも消え、何とも言えない不安を残しながらも私はただその場に佇んだ。
ちなみに本鈴はとっくに鳴っている。
大好きな現国だったのにどうしてくれるんだあの変態は。
今から行っても間に合わない。
そう思い教師に見付からないようにサボる為に肩を落としながら校舎裏に向かった。


「……ん?」


というか、あれ?


「…………盗られてる」


握っていた筈の紙パックはどこにも見当たらない。
落とした覚えもない訳で。
つまりはあの変態が持っていったという訳で。


「……なんたる執念」


私が変態に対して言えたのは、それだけだった。
どこかで「ありがとうございます!」と聞こえたような気がしたけれど、全力で空耳だという事にした。
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