SS 81~100

ねえ、と呼び掛ける。
今は誰も来ない荒れ野原。
昔々、魔王と呼ばれた美しい魔物が住んでいた場所。
そこに私は一人佇む。

何をするでもなく、今はもう私くらいしか訪れないこの場所に通って、一体どれだけの月日が経ったのだろう?
魔物が住んでいたこの場所から比較的近い村に住んでいた私と、あの美しい魔物が出会い、そうして別れてから一体どれだけ生きたのだろう。
瑞々しかった肌には皺が増え、すっかり腰も曲がってしまった。
少し前には孫も結婚して、幸せではあるのだけれど。


「最近ね、考えるんです」


あとどれだけの月日を生きたなら、あなたに会いに行けるのかと。
あなたと私は恋仲ではなくて。あなたは私のような田舎臭い芋娘は嫌いだと良く笑って言っていたけれど。
それでも私は――…


「……っ、いけませんねぇ。歳を取ると涙腺が緩んでしまって、」


ああ、いや。
私は昔からあなたに良く「泣き虫」だと笑われていましたね。


「懐かしい」


あの日々に戻りたいと思う訳ではない。
魔物の王であるあなたが居たあの時代は確かに危険で、人間にとって良いとは言えない時代だったから。
けれど、どんなに辛い事でもあなたが居なくなってしまってからの日々の方が、辛く悲しい思いをしました。
今まで頼っていたあなたが突然居なくなってしまったのですもの。
私より遥かに長生きをすると思っていたのに。
置いていってしまうことを心配すらしていたのに。
私は何を指標にして生きていけば良いのかと、とても悩みました。
あなたを殺した人間に恨みすら抱いた事もありました。


「……でも結局、私は人間としての幸せを選んでしまった」


あんなにも嫌っていたのに。
私はあなたを殺した人達の一人と結ばれてしまった。
あなたはどう思いましたか?
私を恨んでいますか?
消えてしまったあなたには、もうこうして尋ねることしか出来ないけれど。


「あなたが居なくなってからも、沢山お話しましたね」


辛かったこと。
悲しかったこと。
傷付いたこと。
嬉しかったこと。
結婚したこと。
子供が産まれたこと。
子供が結婚したこと。
孫が産まれたこと。
その孫が結婚したこと。


沢山沢山話しましたね。
あなたに一番最初に話しましたね。
私の人生にはあなたは無くてはならない、かけがえのない人でした。
そうしてこれから話すことも、あなたが一番最初です。


「私ね、病気になってしまったんです」


そう言って、息を吐く。
そうして前を見つめて、少しだけ微笑んだ。


「小さな村では治せないらしいですし、老い先短い私には、きっと治る見込みもないだろうと言われました」


でもね、ちっとも怖くなんて無いんです。
悲しくなんてないんです。


「ようやくあなたと同じ場所にいけるから」


だから、むしろ喜ばしいことなんです。
こんなことを夫や子供達に聞かれたなら、怒られてしまうかも知れませんが。


「……あなたも、怒りますかね?」


そう言った瞬間、とても暖かい風が身体を包むように吹いた。
涙が出そうになったのを、唇を噛み締めて堪える。


「…っ、ふふ。怒っているのに優しいところは、何も変わりませんね?」


あなたは結局、私に甘くて、人間に甘くて、どうしたって突き放してはくれないの。


「すぐにではありませんが、そちらに参った際は、どうぞ宜しくお願いしますね?」


そう言うと、柔らかい風が私の頬を労るように撫でた。
その風の優しさに、私はまた泣きそうになった。
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