まほやく

「大っ嫌い!」

 その言葉が引き金だったのは間違いない。

「俺は何かしてしまったのでしょうか……」

 スノウ様とホワイト様を捕まえてそんな言葉を発せば、彼らは目を見合わせて「ほほほ」と笑った。

「ヒースクリフは純粋じゃのう」

「我らがまだばぶぅだった頃よりも純粋かも知れん」

「ば、ばぶぅ? ですか?」

「赤子という意味らしい。前の賢者が言っておったぞ」

「まあ、そんな話は置いておいて、ヒースクリフ胸に手を宛て考えてみると良い」

「そうすれば自ずと分かることもあろうて」

「分かること……」

 自分の胸に手を宛てがい、考えてみたけれども何も答えは出てこなかった。

「まあ、本当に分からなければ鈍いヒースクリフに我らがひとつ貸しを作っても良いのだがの」

「え、それは、ちょっと……」

「それが嫌なら賢者本人に聞いてみると良い」

 双子はそう言うと「どっちが先に音を上げるかのう」やら「見物じゃのう」やら言っていたが。
 勝手に見世物にしないで欲しい。なんて、俺に言える勇気があったなら。それに賢者様に会いに行く勇気だってないのにどうしたら……。

「……よしっ! 会いに行かないと分からない、よね」

 もうこうなれば自棄だ自棄。後は野となれ山となれ。
 それに、あの時の賢者様の顔……。

「泣きそうな顔をしていた……」

 その意味を、俺は知らなくてならない。
 それはどういう感情でそう思うのだろうか?
 分からない。会ってみないと、きっとずっと分からないままだ。
 賢者様の部屋の前まで来て、俺は一呼吸置いてから扉を開けた。

「賢者様! 失礼します!」

「ふぎゃっ!」

 ゴウン、という音と共に猫が鳴くような声が聞こえた。

「え、……賢者様!?」

「いった、」

「す、すみません……! 俺が突然扉を開けたせいで……!」

「だ、大丈夫です……」

 額をさする賢者様が打ったであろう箇所が真っ赤に染まっていた。
 申し訳ない気持ちになりながら俺は賢者様の両肩をがっしりと掴んだ。

「俺のこと、どうして大嫌いなんて言ったんですか? 本当にもう、好きじゃないんですか?」

「す、すき!? きらい!? え、ちょっと待ってください! どうしたらそういう話に飛躍するんですか!?」

「だって言ったじゃないですか。俺に『大っ嫌い』って……」

「あれは……確かに言いましたけど……」

「なんでそんなことを? 俺のこと本当に嫌いなんですか?」

「あの、ヒースクリフ……? 何か、勘違いしてませんか?」

 賢者様は戸惑いながら、それでも肩に置いた手を払うでもなく俺に向き合ってくれた。

「私は、す、好きとか……嫌いとかではなく、怒っていたんです」

「え、怒る?」

 一体何に? 聞き返そうとして見下ろした賢者様はむくれたように不満げな顔をしていた。

「怪我をしていたヒースクリフに気付けなかった。そんな自分に怒って、つい、大っ嫌いと……」

「じゃあ、あの大っ嫌いって言葉は……」

「自分に向けた言葉です。半分は」

「もう半分は?」

「怪我を隠そうとしたヒースクリフに怒りました」

「……嫌われて、なかったんですね」

「え、どうして嫌うんですか?」

 きょとりと目を丸くする賢者様に、俺はホッと胸を撫で下ろした。

「スノウ様とホワイト様に訊いたんです。どうして賢者様は俺に大っ嫌いなんて言ったのかって」

「それで何か解決しましたか?」

「いえ、でも今解決しました」

「もう、怪我をしたことを黙っていないでくださいね。本当に肝が冷えたんですから」

「はい、賢者様に心配をかけないように、その、頑張ります」

「そんな『善処します』みたいな言い方をしない!」

 俺の言葉に怒った賢者様は「もう」と呆れたように唇を尖らせた。
 少し逡巡したあと、俺は屈んでその唇に口付けた。

「は、」

 顔を真っ赤にして固まってしまった賢者様が、更に怒りだすまで、あと五秒。

   ***

「恋するモノ同士、お似合いというやつかのう」

「ほほほ、恋を識ると、ひとは誰しも盲目になるというやつかのう」

 面白いことが起きる予感がして賢者の部屋に来ていた我らが居ることも見えていなかったらしい。
 ヒースクリフに、否、今は二人の邪魔をせぬよう我らは静かに部屋を出たのであった。
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