妖の王と巫女姫

『穢れた巫女姫など誰が愛するというの?』

夢の中、眩い光を背負うその方は静かにそう仰った。
その方の存在を感じた瞬間に、わたくしの身体はグンッと重くなり頭を垂れた体勢になる。
この方の神力に反応して、身体が勝手に動いたようだ。
誰をもが恐れ、崇め、敬うこの方。
天の主上。天帝。巫女姫が真に仕えるはこの方のみ。
心も、身体も、魂からそう教え込まれている。

どうしてわたくしの夢の中に居るのだろうか?
わたくしのことを憎んでいる筈のこの方が、何故。
そんな疑問を許さないとばかりに、主上はまたポツリと声を落とす。

『お前はどうして、未だに生きているの?』

グッとまた身体が重くなる。
神力の過剰摂取によって鉛のように重くなった身体だが、元よりこの方の前で頭を上げる意思はない。
主上に合わせる顔など、とうの昔に無くしたのだから。

『お前が生きている、その価値はあるのだろうか』

雪のように冷たいその声は、わたくしを心の底から憎んでいると、そう分かる声で。

哀しい、と思う。
寂しい、と思う。

この方に憎まれていることが。
この方に二度と触れて貰えない事実が。
穢れてしまったわたくしの魂は、この方に愛される事実が死んでも有り得ないと告げている。
もっとも、巫女姫ながら逝く先は地獄なのだから、当然かとも思うけれども。

『僕の大事な宝物を奪った罪は重いよ。分かっているね?』

見通されているかのような声にわたくしは小さく蚊が呻くような声で「……はい」と答えた。

この方の大事な宝物。
それをわたくしが奪ってしまったから。
壊してしまったから。
わたくしにとっても大事な――

(……かあさま)

あの暖かな日常に戻れるのであれば何を犠牲にしてもいいのに。
そう夢想するけれども、襲い来るのは現実。
失ったものは、何度願っても、何度祈っても、戻ることは無いのだから。


**


「……和泉、眠っているのか?」

「蒼牙様……?なぜ、ここに?」

主上から解放され、夢の中から目覚めれば目の前に居たのは蒼牙様だった。
少し前の記憶を辿れば、そう言えば蒼牙様とお茶をしていたのだったと思い出す。

「……和泉」

「はい」

「お前の心は、何処に在る」

「わたくしは此処に居ますから、此処にあるのではないでしょうか?」

その問いの意図が分からず、そう伝えれば、蒼牙様は納得などしていないという顏でわたくしを見つめる。
その探るような眼差しは苦手だ。
すべてを曝け出してしまいたくなるから。
けれども同時に思う。
蒼牙様ならすべてを受け止めてくれる気がすると。
けれども出来ない。そんな甘えは許されない。

「わたくしの心が此処になくとも、何処に在ろうと、蒼牙様には関係のないことですよ」

「……和泉。お前は、何故そこまで頑なに思いを隠す」

「何故?それは、蒼牙様には関係のないことだからですよ」

またにこりと微笑んで、はぐらかす。
蒼牙様は何かを言おうとして、何も言えないと。
そんな顔をしながら、ただ悲しそうに眉根を寄せていた。

(ごめんなさい、蒼牙様)

貴方様の想いが幾ら嬉しくとも、応えることは出来ないのです。
こんな時に涙が流せる女だったなら可愛げもあったのかも知れないけれども、涙はあの日に置いて来たから。
泣けるだけ泣いて、残ったのは、貼り付けたようなこの笑顔だけ。
いつか秘密を知ったなら、貴方はわたくしのことを幻滅するのでしょうか。

(それは少しばかり、悲しいですね)

そう思うのに、そう思っているのに。
それでもわたくしは、やはり何も言えないままに。
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