Dear Drop

いつだって、あの子は俺を見ない。

「先輩!」

空き教室で寝ていたら、馴染みのある声が聞こえて目が覚める。
ゆるりと起き上がり、教室の窓から身体を少しだけ出し声の主の方を覗けば、見知った顔。
先輩、と呼ばれた男に駆け寄り頭を撫でられている様はさながら犬のようだ。
そんなことを言ったなら、本人はめちゃくちゃ怒るんだろうなぁ。
まったく怖くはないが、面倒くさいとは思う。
それに何より、俺と居る時間に他の男の話をするのは凄く嫌だ。

(どうして、こんなに想っちゃたんだろうなぁ)

あんな、幼馴染に恋した女に。あんな、恋人が居る男を好きな面倒な女を。
どうしてここまで好きになったのだろうか。

「ま、仕方ないかぁ」

好きになっちゃたんだから、仕方ない。もう変えようのない事実なのだから、仕方ない。
そう諦めても、あの子が俺の方を向かないのはイライラする。
きっと、この感情を人は恋と呼ぶのだろうか?
何せ恋愛一年生。セフレの数は数えきれないほどに居たけれど、あんなの恋愛にカウント出来ない。
知ってしまったら、カウントしたくないという我儘というやつだろうか。
だからあの子には責任を取って欲しい。
俺をこんなに変えてしまった、あのいとしい子に。

「ね? 早くこっち見てよね?」

早くしないと、頭からパクリと食べちゃうよ?

「なーんて、もうとっくに食べてたか」

ハハッと笑ったものの、身体から始まった関係に後悔もしているというやつで。

「なーな、七緒」

自分でもびっくりするくらい甘い声が出た。
きっとこれを聞いたら、あの子は渋い顔をするのだろう。
そんな顔も見てみたい。

「あー……早くななに触りたいなぁ」

性的なことでも、ただの戯れでも、早く七緒に触りたい。ずっと抱き締めて、俺の腕に抱き込んで、そうしたら決して離さないのに。
そうしてしまいたいという欲はあるが、きっと七緒は喜ばない。そんな鳥籠の中の鳥のような生活をしていたら彼女は喜んで死を選ぶだろう。
まったく、面倒くさい子を好きになったものだ。
それが嫌じゃないから、困ったものだ。
自分の顔が柔らかく緩むのが分かった。

「早く、俺のところに堕ちておいで」

そうしたら、二人で幸せにでもなろう。ダメにもなってあげられるよ。
お前と居られるなら俺はそこが天国でも地獄でも、どちらでも構わないから。

ゆるりと手を伸ばす。
俺の影が七緒の影を捕えているようで、少しだけ優越感を抱いた。
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