SS 81~100

芳野先輩を好きになった理由に特筆した理由はない。
誰しもが当たり前にするようなことをされて、普段なら「ありがとう」の一言で済ませられる事だったのに何故だかその時はコロッと石が坂道から転がり落ちる事のように自然に落ちてしまっていたのだ。
だからこれは運命なのだと思った。
そうとしか片付かない。
正直、芳野先輩を見たほとんどの人が彼女を「平凡」だと表するだろう。
特に派手でも地味でもなく。
ただただ「平凡」。
どうしたらあんな女に惚れられんだって友人には笑われたけど、オレには可愛く見えるんだからしょうがないじゃないか。


そんな可愛い先輩に、オレは今日も会いに行く。
オレに少しでも好意を持ってくれるように。
オレを少しでも知って貰う為に。


なのに、


「すみません先輩っ!」

「今日は遅かったねぇ。来ないかと思って先に食べちゃった」


前の授業が長引き、更には同級生から呼び出しを受けた為に毎日毎日楽しみにしている先輩との約束に遅れてしまった。
先輩は対して気にした様子もなく「ごめんねー」と口にしたが、先輩が悪い訳ではなく、断るのが遅くなってしまったオレのせいだ。
ちなみに先輩に告白をされたんですよと言わないのは、以前下心込みでそのセリフを口にした時に「そっかー、それは良かったね」で終わらされてしまった為だ。
心の平穏を守る為に二度と先輩の反応を見るだなんてしないと心に決めている。


「いや、それは全然いいんスけど、すみません。オレが無理言ってお昼一緒して貰ってるのに」

「いいよ、別に。私そんなに友達居ないし、久藤くん見てるの楽しいからねぇ」

「……マジっすか」

「うん?マジっすね」


それはオレの事を少しでも好きになってくれたとか、そう言う事なのだろうか?
いやいや、この先輩に対して少しでも期待を持てば痛い目に合うとは分かっているのだが、そこに希望を持ちたいのが恋なのか。
まあ、先輩はアッサリとオレの希望を打ち砕いてくれたけど。


「久藤くんは私が関わってきたことのないタイプだからね。見てて楽しいよ」

「……そうっすよねー」


そんな気はしてました。
先輩の好きなタイプは平凡で太った奴らしい。
だから先輩曰く「イケメンで細マッチョな久藤くんを好きになる事はないよ」だそうだ。
普通なら褒め言葉の筈なのに、先輩の好みに掠りもしない自分の外見に素直に喜べない。
逸そ太ろうかとも思ったけれど、太れない体質である事を思い出して本気で涙した。
こんなんじゃ先輩はいつまで経ってもオレの事を好きになってくれる事はないだろう。
はあ、と溜め息を吐き出す。


「おや?お疲れかな」

「いや、……まあそんな所です」

「若いのに大変だねぇ。これでも食べて元気出しなよ」


貴方の事で悩んでるんですと言えれば良かったのに、意気地なしのオレにそんな言葉は言えず、曖昧に言葉を濁せば先輩が制服のポケットを漁りチョコを取り出した。


「疲れた時には甘いものだと思うんだよね」


そう言ってオレに握らせると、自分ももう一個チョコを取り出して口に入れていた。
オレはチョコを見つめながら「先輩って甘いもの好きなんですか」と尋ねる。


「好きか嫌いかで聞かれたら、好きかな」

「そうなんですか」


芳野先輩は、甘いものが好き。良し覚えた!
こんな些細な事でも喜んでしまうのだから、オレってかなりお手軽だよなーと苦笑いを浮かべる。


「ね、先輩」

「なに?」

「好きです」

「そっかー、ごめんね」

「いつか好きにさせるんで、良いッス」

「ふふ、凄い自信だね」

「しつこい男って嫌いっすか?」

「うん?別に嫌いじゃないよ?…何か嬉しそうな顔だね?」

「そりゃ、まあ」


好きな人にとりあえず嫌われていないと分かれば、そりゃ嬉しいだろう。
だけどそれを言わずに、


「内緒です。……気になりますか?」

「ううん。気にならない」

「そっすかー」


まだオレはそこの位置なのか。
これは相当頑張らないといけないなと思い、自分に気合を込めて手の中にあるチョコをポケットに入れた。
このチョコは大事に大事に一頻り眺めた後に食べよう。
4/20ページ