SS 61~80

――ああ、愚かだな。


足下の火がごうごうと音を立てるのを聞きながら、そんなことを思った。
十字に組まれた丸太に貼り付けにされ、火まで付けられたこの状況にしては、まあ。場違いなのか、正しいのか。


そんなことはもう判断する必要もないことか。


このまま貼り付けにされていれば何れ私は焼かれて死ぬ。
魔女だろうとなんだろうと、死ぬのだ。
火の音や悪意の言葉に紛れて聞こえてくる神を讃える言葉などではなく、私はただ火に焼かれて死ぬのだ。
人間と同じように。


(…信じた私が馬鹿だったのか)


それでも信じたかったよ。
声などもう届かない場所で、私を鋭く睨み付けてくる恋人にそう投げ掛ける。
いや、もう恋人ではないか。
だって彼は、


(信じてはくれなかったから)


魔女が忌み嫌われているなんて赤子でも知っているようなこと。
その魔女を魔女と知らずに優しくし、挙げ句に惚れられた。
巷では魔女がたぶらかしたと言われているそうだが、此方からすれば私の方が被害者だ。
勝手に優しくして、勝手に惚れて、いつの間にか私の心を手に入れておきながら、私が魔女だと分かった瞬間、掌を反すように私を牢に押し入れた。
傷付いたような顔をしていたが、泣きたいのは此方の方だ。


勝手に私の中に入ってきたくせに。
勝手に私を掻き乱していったくせに。


(――ああ。情けない)


沈む思考に首を振る。
私は魔女だろう?
そう自分に投げ掛ける。
私は魔女だ。
悪魔に魂を売り、神を憎み、人間から嫌われる魔女だ。
こんな最期を考えなかった訳ではない。
それでも貴方の手からだとは思わなかった。


「――本当に愚かだな。私は、」


まだあなたを信じたい気持ちを持っているだなんて。
こんな仕打ちをされたのに、恨みきる事がどうしたって出来ない。
一度でも許してしまった心が、それを拒絶するから。


神を讃える言葉がいっそう強くなった。
それと同時に火の勢いも増す。
今頃になって、私を捕える全てのモノが神の加護を受けたものだと気付いた。
道理で窮屈だと感じる訳だ。


――だが、


「私の口を封じなかった事には、どんな意味があるのだろうな」


魔術を放つ言葉を紡ぐかも知れないというのに。
それとも弁解でも求めたか?
そんなわけはないか。
魔女が弁解などしたところで聞き入れる者は無し。
この世界に魔女の味方をするような奇特な人間が居れば、また話は変わるのかも知れないが。
それもあり得ない話だ。


でもまあ、良かったのかも知れない。
もう誰にも避けられ、疎まれる人生を送らずに済むのだから。


憎しみの感情など無い。
助かりたいなど死んでも思わない。
もう二度と会いたくもない顔を見ることが無くて清々する。


「……憎しみなどない。怒りなどない。悔しさなどない。寂しさなどない」


あるのはただ。
ほんの少し。ほんの少しで良かったから、


「……信じて、欲しかった」


あなたに魔法など使ったことはないのだと。
あなたを愛した心は本物だったのだと。


『私が貴様を愛したのは全てまやかしか!!』


泣きそうな顔でそう言ったあなたに、何も言うことなんて出来なかったけれど。


疑われたって良かった。
私はそういう風に思われたってしょうがない存在だから。
けれどほんのちょっとでも信じて欲しかったのも、また事実。
でもそれは一番叶わないと知っているから。
この言葉だけ、あなたに贈ろうか。
あなたに届くだなんてこれっぽっちも思っていない。
だからこれは、ただの私の自己満足な言葉だ。



「あいしてた」



幸せな未来を、想像してしまう程度には。
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