SS 61~80

言葉で見えない愛なんかより。
私は目に見える方を選んだ。
ただそれだけの話なのだ。



グキャリ、骨が軋む音。
次いでたらりと花から流れ出てくる血液。
私を殴った張本人である恋人は、ハァハァと息を荒げていた。


「……めん、っごめん。またおれ…!」


怯えたような眼差しでそれでも床に伏せた私に近寄ってくる。
今まで私を殴っていた男の手と同じ手とは思えないほど優しい手付きで抱き起こされる。
その間も流れ続ける血液に顔を蒼くしながら、恋人はやはり優しい手付きで甲斐甲斐しく拭いとる。
本当に、どこにあんなにも暴力的な面を隠し持っているのか不思議でならない。
それくらい普段の恋人は優しさの塊といっていい。


「ねぇ、やっぱりお前、俺と別れた方がいいよ」


手当ての最中に呟かれた言葉。
そんな顔をするくらいなら、言わなければいいのに。
そう思いながら、私は淡く微笑んだ。


「どうして?私はあなたと別れたくないわ。だってこの傷はあなたが私を愛してくれている証じゃない」


この傷も、この傷も、この傷も。
身体中に付けられた黒だか青だか黄だかの色とりどりな痣を指で撫でながら恋人を見やる。
恋人は泣きそうな顔で肯定も否定もしなかった。
けれど私を傷付けないように、包み込むような抱擁をくれた。




殴られても、蹴られても、心に傷を付けられても。
私は恋人を嫌いになれない。
彼に貰った傷の数だけ私は愛を感じる事が出来るから。
そうして今日も私は傷だらけの腕を彼の背中に回した。


まるでこの腕は檻のようだと思いながら。
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