妖の王と巫女姫

「蒼牙様」

「……和泉か」

夜も静まった頃。そっと部屋の外から声がした。
その声にも気配にも馴染みがあって、少しだけ口角を上げてしまう。
きっと他者から見たら表情は何も変わってはいないのだろうけれども。
私の表情の変化を見極められるのは鏡花くらいだ。
あの女は目聡すぎる。恐ろしいほどに。

「少し、御時間よろしいですか?」

「ああ、どうした」

立ち上がり、襖を開けようとしたら制止の声が響いた。

「このままで結構です」

「和泉?」

「――今夜、この部屋から出ぬようお願い申し上げます」

「……何をしている」

何かを。否。『ナニか』が此処に、外に居ることを存外に告げていて。
私は急いて襖を開けようとしたが、ぴくりともしない。
何故だ、和泉が何かの脅威にさらされているかも知れないと言うのに。
何故この襖は開かない?

「蒼牙様。大丈夫です」

「女に守られては妖王の名が廃る」

「蒼牙様らしいお考えですね。でも、これはわたくしが為すべきこと。どうか抑えてくださいまし」

夜も消え、朝となれば出られますので。

そう言って和泉の影は立ち上がった。
私は其れを追いたいのに、どうにも出来ず。

ただ朝が来るのを待つのみだった。


「あれはなんだったのだ」

「ああ、死者の葬列、という言葉をご存知ですか」

「死者の葬列……といえば、死後、彷徨う以外しか出来なくなったモノ達から連なるという、あれか」

「はい。そうですね」

「何故、私の部屋の前でそんなモノが起きたのだ」

「アレらは巫女でなければ送れませんから、わたくしをアテにして集ってきたのでしょう」

困ったモノですねぇ。なんて頬に手を添えて和泉は言う。

「……怪我はないか」

「はい。ありませんよ」

「なら、良い」

「……心配してくださっているのですか?」

「だったらなんだと、っ?」

自分らしくない言葉に驚いて、もうこの話しは終わりだとばかりに打ち切ろうとして和泉を見たら――その顔は朱色に染まっていた。

「い、和泉?どうした。熱でもあるのか?」

「いえ、いいえ。そんな……嗚呼、熱でもあるのかも知れませんねぇ」

「ならば其れを早く言え」

「ふふ。蒼牙様。嘘で御座います」

「は、」

「嘘です」

そう言い切った和泉の顔色はいつも通り真白い陶器のようで、先程の朱色のような色はなんだったのかと疑いたくなった。

「蒼牙様は本当に、困った御方ですね」

「其れをお前に言われたくはないぞ、和泉」

二人睨め合い、そうして笑った。
露草が香る、とある朝のこと出来事だった。
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