【side story】春告げ鳥が哭いた日【完結済】

あの日。死神に命を絶たれ運命だったあたしの命を救ったのは、冬彦くんだった。

「そういえば、お前。妊娠しているそうだな」

「はあ、まあ。してますけど……」

そう。あたしが命を絶たれるその瞬間、銃口からねじり出た鉛玉は頬を掠めただけであたしの命を奪うことはなかった。
しかしなががらあたしが妊娠していることが一体何を意味しているのか。
というかあたしだって此処に来る十分前に知った事実を何故この死神は知っているのか。

色言いたいことはあれど。
あたしはこの時に終わるのだから、関係ないのではないのだろうか?
そう思った矢先に出てきた言葉は、意外なものだった。

「アイツが……お前の愚かにも敬愛する女が、殺すなと言った」

「はい?」

「妊娠したからとか、そんな生温い意味合いではないがな」

「と、言いますと?」

「その胎の子がウチに有利になると証明しろ。お前が死ぬのはそのあとだ」

「……」

唖然、とはこのことか。
この方はつまるところ、あたしを殺さない。胎の子も殺さない。
代わりに生きてまた働けと言っているのだ。

「一体、いつからあなた方はそんなにも優しくなったんですか?」

「俺たちはいつでも優しいぞ。家族にはな」

「家族、ですか……裏切ろうとしたあたしを、あなたは未だに家族と呼んでくださるのですね」

ならば、その言葉に甘えようではないか。
生きる意味は正直見失っていた。
けれども、この薄い胎に命が――冬彦くんとの結晶が居るのだと思った時。
途端に死ぬのが惜しくなった。
それすらもあの方はお見通しだったのかもしれないな。

「敵いませんね、本当に」

「当たり前だ。何年ウチに居ると思ってんだ、お前は」

「……生きても、いいんですかねぇ」

「お前の意思は関係ない。生きる、それがお前に残された最後の選択肢だ」

その言葉が最後。
黒衣の死神は黒光りする拳銃を胸元のホルスターに戻して踵を返す。

「アドル様」

「あ?」

「ありがとうございます」

「……礼ならアイツに直接言え」

「はい」

ひと時。あたしはまたひと時だけ、黒く染まる。
その先に光があるならば、いつか冬彦くんとまた会えるのならば。
あたしはまだ、頑張れる。

薄い胎を撫で、あたしは黒衣の死神に続いて、影へと入った。
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