SS 61~80

「愛してる」そう言いながら君を殴った。


痛みに眉を寄せて拳を握ってやり過ごそうとする君の頭を鷲掴み、首を無理矢理こちらを向かせると、視線を合わせた。


「……どうして?」


君の瞳の中には一切の恐怖も憎しみも滲むことはない。
これだけの事をやったのに、だ。
それが僕には不思議で、そして怖い。君になんとも思われていないようで苦しい。

だからまた殴った。

バタンッ!と派手な音を立てて倒れた彼女は床に肘を付いて上体を起こす。
やはり僕を怖がる素振りを見せることはない。


どうしてかな?
どうして怖がってくれないのかな?
どうして憎んでくれないのかな?


――僕のする事なんて、とっくにどうでも良いって思ってるの?


ゾクリと背筋が寒くなった。


(嫌だ。君になんとも思われなくなるのなんて耐えられない…っ)


ただでさえ、もう好かれる事はないのだから。
君に嫌われる以外に君から受ける感情はないじゃないか。
だからグッと拳を握って殴る。蹴る。彼女に暴力を奮っている間だけ、僕は不安に襲われない。


――昔はもっと。まともに君を好きでいられた。君を純粋に大好きだった。今だって狂おしい程に愛している。


けれどたった一度。彼女を叩いてしまった。
それは喧嘩の延長線上で、今に比べたら戯れのようなものだったけれど。
大好きで愛しくて狂うんじゃないかってくらい大切な彼女を、自分の手で傷付けてしまったという事実が僕を本格的に狂わせた。


彼女に嫌われてしまうくらいなら、いっそ憎まれるくらいとことんやろう。


そうして僕は彼女に暴力を奮うようになった。
今ではそれが日常だ。
どうして彼女はいつも無言で受けてくれているのだろう。
どうして彼女は僕に反抗する事はおろか、詰る事すらしないのだろう。
疑念は不安を呼んで、不安は暴力に変わる。


――まともに愛していた記憶は、もはや霧の中。見つけ出す事すら容易ではない。


君を恋しく思っていたあの純粋な気持ちはどこへ行ってしまったんだろうね?


一つ言えることは、彼女が僕を愛してくれる未来は、もうないということ。



「痛くしてごめんね?でも別れてあげられない。ごめん、本当に」



――ごめんね。
2/20ページ