ご主人と吸血鬼

この二本の牙をご主人の肌に突き立てる時の快感は至上の悦びを身体に走らせる。
だから時々思う。
私の血をご主人の体内に流し込んだら、ご主人は私の眷属になり、永遠に共に居られるのだと。
永遠にご主人の血を吸っていられるのだと。

そのことに興味がないわけじゃない。

血とか以前に、ご主人と永遠を生きたいとまったく思わないわけじゃないのもあるからかも知れない。
けれど私は、人間のご主人が好きだ。
『吸血鬼』という名の『化け物』の私を好きになってくれた、人間のご主人を愛している。


だから今日も私は、ご主人の側に居る為にご主人から血を分けて貰うのだ。
血をまったく飲まないと私が死んでしまうから。


はァ、と熱い息を吐いてご主人の身体から離れる。
ご主人は私に血を吸われる間、瞑っていた目をゆるりと開ける。
その瞳には蕩けてしまいそうな熱が帯びられていて。
その瞳で見つめられて、身体がゾクゾクと震えた。

「ご主人」

「……なんだ」

「大好きですよー」

「……そうか」

ふいとご主人は熱を抑えるように息を吐き、興味なさげに顔を逸らした。
けれどそれが照れ隠しだと知っている私は、笑顔でご主人に抱き付いた。

「我慢しなくて良いんですよ、ご主人」

私はご主人の『奥さん』なんですから!

ハッキリそう言ったなら、ご主人は呆れたように私の頭を数度撫でた。

「俺がそういうことばっかしてぇみてぇだろ」

「私はしたいですが?」

「俺はそういうことばかりじゃないこともしたい」

「例えば?」

「お前のご希望のデート、とか?」

会社のお偉いさんから結婚記念日の休暇取れって言われたから、取ったんだよ。

「……っ、ご主人!大好きです!」

「はいはい。知ってるよ」

ご主人と久し振りにデートが出来ることを聞いて浮かれていたせいか気付かなかった。
ご主人の瞳に血を吸われた際に湧き上がる情欲以外の、哀しげな色が浮かんでいたことに。
7/14ページ