ご主人と吸血鬼

夏が終わって秋の頃。
紅い紅い禁断の果実が実りだした頃。
私はチラシを片手に振りながら「ご主人~」と駆け寄った。

「なんだ?」

「りんご狩りですよりんご狩り!行きませんか!ご主人!」

「それが仕事から帰ってきた旦那に真っ先に言うセリフか?あ?」

「……っ、痛いですー!暴力反対!あたたた!ごめんなさ、謝るから頭鷲掴まないでください~っ!」

「仕方ねぇなぁ」

「……まだ痛い……」

「おら。やり直し」

そう言われてご主人を見上げる。
ビシッとしたスーツ姿のご主人。
ああ、今日も格好いいなぁ。なんて思いながら「お帰りなさいご主人」とおかえりのキスを頬にする。

「覇気がない。やり直せ」

「無理ですよぉ。本当にご主人の鷲掴み痛かったんですからー」

「お前仮にも吸血鬼だろ」

「吸血鬼でも痛いものは痛いんです!そりゃご主人から与えられるモノなら痛くても受け取りますけどー」

「はいはい。……で?りんご狩りがなんだって?」

「むぅ。話逸らしましたね?いいですけどー」

私はふぅ、と大人な態度を心掛けながらご主人に話し掛ける。
その時点で私が子供じみていることがバレバレではあるが、気にしないでください!

「りんご狩りに行きたいなぁって思ったんです」

「お前りんご好きだったっけ?」

「テレビでやってて、面白そうだなって」

「ふぅん。まあ、たまにはいいか。予定開けてやるから何処行くかちゃんと調べとけよ」

「……本当に良いんですか?」

「ナニ?行きたくねぇの?」

「行きたいです、けど……ご主人今お仕事忙しいんですよね?」

「変なところでグイグイ来るくせに、変なとこで気遣いしてんじゃねぇよ。別に一日くらいどうってことない」

「嬉しいです!けど、無理しないでくださいね?」

「だから変な気遣いするなって言ってるだろ馬鹿。お前はただ楽しみにしとけば良いんだよ」

照れたようにそっぽを向くご主人。
私はふふ、と笑う。

「いつも優しいけど今日のご主人はもっと優しい」

「うるさい」

「ご主人とのデート。楽しみです!」

「……あっそ」

ご主人の隠れた耳が赤いことには気付かないフリをした。
5/14ページ